蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

すべては湿度のせいだ

 湿気の季節がやってきた。

 6月1日の朝から、異変がした。からりと乾いていた空気が冷たくジメリとしていた。

 そこら中を霧吹きで濡らされたように部屋が全体的に湿っている。

 フローリングを裸足で歩くと、ぺたぺたと音がする。素足がはりついて、吸着しながら床に足の裏が引っ張られている微かな抵抗感を感じる。

 かかとから離れていくと、土踏む(土踏まずではない部分のことをそう言うことに今決めた)からシタシタと音がして、粘着力の弱くなったシールが剥がれるように足はしっとりとした感触でもって床から離れる。

 しっとりと、しっかりと、床にはりついて足は歩いているのだ。普段はそんなこと考えもしないのに、唐突な湿気のせいで歩く動作にも一考してしまう。

 すべては湿度のせいだ。

 

 梅雨が来たのだ。

 

  ↓

 

 梅雨、というか、湿気が嫌いだ。

 

 昔住んでたアパートはひどい湿り気を帯びていて、夏だろうが冬だろうがかまわず部屋全体が年中湿っぽかった。

 耐えかねて除湿器を買った。

 除湿器は一年を通して稼働しぱなしであったが、特に梅雨時の湿気は凄まじく、いみじくて、除湿器のタンクはすぐに水でいっぱいになった。

 この水は、ありとあらゆる水だ。

 部屋を漂い、カビを含み、ほこりを吸着させた、雨によってもたらされた天からの湿気であり、壁から染み出してきた水分でもあり、土から上ってきた水蒸気でもあり、私から分泌された人間由来の水でもある。

 きわめて汚い。

 飲めと言われたら5万円で飲むけど、2万円だったら絶対に飲まない。そのくらい汚い水だ。

 だが、満杯になったそれを眺めていると、つくづく私たちは水に囲まれて暮らしているのだなぁなんてちょっとした趣を感じる。

 水の星、地球。

 宇宙は、世界は、目を凝らせばすぐそこにあるのだ。

 

 だからなんだってんだろう。この湿気をどうにかしてくれ。

 

「湿気を忌み嫌うよね」と恋人に言われた。

 昔住んでたアパートはあまりにも湿気がひどくて、クローゼットの服にもカビが生えたし、革靴ももちろんダメになった。

 私の身体はまとわりつく湿気でつねにぺたぺたしていたし、どこもかしこもジンワリ湿っていて、「乾燥」がどこにもなく、半分水に浸かっているようなストレスを抱えていた。

 湿気にイライラしてしまうと、湿気なんかにイライラしている自分が情けなくて、だけどどう対策を打っても改善されないことが悔しくて、枕を噛むことしかできなかった。

 あのアパートに住んでから、湿気をひどく忌み嫌うようになった。

 

 季節は梅雨になった。

 6月1日からいきなり梅雨になるなんて、ミーハーみたいで格好悪い。令和のそういうところが嫌なんだ。

 今年も湿気がやって来た。

 私はイライラしながら湿気っているチーズサンドを食べた。これが湿気っているのはちゃんと閉じてなかった私が悪い。