蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

ご近所付き合い

の部屋の住人は小鳥を飼っている。

それも一羽ではなく、数羽だ。

夜、薄暗い部屋でテレビも点けずに壁を見つめていると、左隣りの部屋からかすかに「ぴよぴよ」と鳴き声が聞こえる。

日中窓を開けていると、お隣りさんも窓を開けているのだろう、鳴き声は明瞭である。

なんの鳥をどれだけ飼っているのか見当もつかないが、見当をつけてみて、おそらく文鳥の類だと思われるその根拠は、私の上司が10羽ほど文鳥を飼育しており、リモート会議で上司の自宅に繋ぐと文鳥がピヨピヨ鳴き続けていてきわめて喧しく、会議もままならないことがあって、そのときの鳴き声と相似ているからである。

ちなみに上司は、鳥たちが朝のエサを食べてくれないと日中機嫌が悪くなり、気に入らないことがあると些細なことでも当たり散らしてくるので、我々は日々鳥たちが健やかであることを願うばかりである。

 

おそらく文鳥か、ジュウシマツか。だいたい、飼う小鳥なんてそのくらいのものだ。

 

「すみません、お宅はなんの鳥を飼っていらっしゃるのでしょう」と訊ければいいのだが、訊けない。

いまどき、引っ越したときにご近所挨拶もしていないのだ。

こういう病禍の世間でもあるし、もしも隣人がとてつもない変態野郎だったら、私はともかく、恋人を危険にさらしたくない。

隣人は小鳥を食料として飼育している可能性だってあるのだ。

 

   ↓

 

アパートの隣の家が解体工事をしている。

一週間ばかりで家屋は取り壊され、今朝見てみたらあとは基礎部分を残すばかりであった。

泥団子3京個ぶんくらいの土が空き地となった家の跡に盛り上がっているのを見て、当然のことなのだが、我々は土の上で暮らしているのだとおもった。家以前に土があり、大地がある。

土地の隅になにか木が植えてあって、外国人労働者が木陰に休み、煙草を吹かしていた。

土地がゆるいのだろうか、解体時は振動と音が凄くて、私たちのアパートが揺れる。

外国人労働者がなにかを叫んでいる声が聞こえる。いったい何語なのか。顔を見ると、中東系の顔立ちをしている。

 

もともとは あさま山荘みたいに古くて大きい家が建っていた。

「台風が来たら、トタン屋根がうちの窓に突っ込んでくるかもしれないね」とか「地震が来たらあの物干し用のベランダが倒壊するだろう」などと言っていたほど、ボロボロであった。

それがあっという間に取り壊され、更地になり、わずかな基礎部分と木陰をつくる木しか残っていない。

いったいどんな人が住んでいたのか、もう永久にわからないだろう。

そしてきっと、年が明けたら、どんな家が建っていたのかもわからなくなっているのだろう。家が取り壊されるとは客観的な立場から言えば、そういうことである。

そして土だけが永久にそこにある。