蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

ジャイアンがラルフローレンを着たっていい。

いころから、それこそ物心ついたころからおかしいと思っていたのだが、あらためて考えてみると違和感があり納得できない。

というのも、漫画のキャラクターが毎日同じ服を着ているのはどう考えたってリアリティがないのに受け入れられている。

美味しい食事の再現や微妙な生活感の描写や、陰翳の付け方など、あらゆるところでリアリティを追求して作品に奥行きと実の伴った重力のようなものを持たせようと躍起になっているにもかかわらず、「毎日同じ服を着ている」ことになんの疑問も持たないのはなぜか。

全員、ミニマリストか。

同じ服を何着も持っているのか。その理由はなんだ。

「どの服を着るかで迷うのが馬鹿馬鹿しい」とでも言うのか。意識の高い若手実業家みたいなことを言うな、しゃらくさい。

 

   ↓

 

アンパンマンが毎日同じ服であることは、まぁコスチュームだからいいかなとおもうものだが、バタコさんが毎日同じ服なのはどうなのだろう。パン屋の制服なのだろうか?ジャム翁がコックのいでたちであるのに対し、バタコさんの服装の立ち位置がよくわからない。マネージャなのだろうか。あれもパン職人のコスチュームなのだろうか。

おそらく、なんらかのコスチュームであることはうかがい知れる。

ドラえもん一味の服装が毎回同じなのはなんなんだ。毎話毎話同じ服を着ている。

ジャイアンはオレンジの横の柄の入った服、しずかちゃんは桃色系統の服、そう誰かに決められているのか?

ジャイアンだってたまにはラルフローレンのポロシャツを着たっていいじゃないか。

ちびまる子ちゃんは、冬は赤いサスペンダー・スカートで夏は微笑み顔の絵文字の入った白いTシャツと決まっている。家族もほとんど毎回同じ服を着ている。

日常の古き良き豊かな情緒性と人間の変な部分のおかしみと、かすかな憂鬱を描き出す作品世界において、服装が変るのは作品描写の「ノイズ」でしかないというのだろうか。

うずまきナルトは作品を通してほぼ2着しか着用していない気がするのだが、あれだけ動いているのだからそうとう臭そうである。

ジョジョ』も三部以降は服装が固定になる。旅中は同じ服装だ。一、二部は都度服装が変っていたような気がする。なにも同じ服をずっと持ち運ばなくてもいいじゃないか。

 

ドラゴンボールもほとんど道着かあるいはナメック星人の奇妙な服装だが、実は、私服で出てくるキャラの服装は場面や歳月で変化している。

亀仙人はアロハシャツが基本だが、都会に行く時はスーツを着用し、また物語の最終話ではトレードマークのサングラスが買い替えられている。

ブルマは登場ごとに服装が違うのだからすごい。旅中もワンピースからパジャマやバニーガールやオリエンタルな服装になったりと、短い期間で意外とまめまめしく着替えているのだ。あと、まだひとつブルマは偉くて、時期によって髪型も異なるのである。

 

   ↓

 

西尾維新さんがどっかで「キャラの髪型が変らないのはなんかおかしいとおもうものだから、キャラの髪型を変更しまくりたい」という旨のことを言っていた。

キャラがいつも同じ髪型で、いつも同じ服を着ていることはアニメや漫画の表現記号として受け入れられていて、馴れてしまった我々視聴者はそこになんの疑問も持たないけれど、原点に立ち返ってよくよく考えてみると、これはおかしいことだ。

作者的にはいちいち服装を考えるのが面倒くさいのでそうなってしまうのだろうが、そこを頑張ってこそ、作品にさらに重力が与えられるんじゃないか。

こういう部分では女性作家の方が服装にこだわりを持って、毎回違う服を着させている割合が高い気もする。

 

私だったら、服装を考えるのが手間だから、作品舞台は学校にしてしまうな。