蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

"みさえ" を練習し続けた1か月

─── 秋の初めのある晩

 

「中学のときとかさぁ、放課後に仲いい奴らとなんとなーく集まって、後ろの黒板に絵を描いたりしたじゃん。なんとなく」私は言った。

「うん。絵しりとりとかしてた」恋人は頷いた。

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「そうそう。そんでさぁ、なんか先生の似顔絵とかキャラとか描いて、たとえば『ドラえもん』とか、あんじゃん、そういうの」

「あった」

「もしもさ、『ドラえもん』のキャラを描き比べるときにさ、出木杉描いたら面白いよね。ちょwwwwwwお前wwwwwww出木杉wwwwwしかも上手いwwwwwwwwwwみたいな」

 

「おれ、そういう人間(出木杉を描ける人間)になりたいんだよね」

 

「そう」彼女はため息をつき、つづけた。

「わたし、そういうノリのやつがいちばん嫌いだった」

 

 

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「でも……」彼女はなにかを試すような・探りを入れるような声で、こう言った。

「完璧な "みさえ" を描けたら、おもしろいかも」

そして、こうも言った。

「あなたは "みさえ" を描けるようになるべきよ」

 

クラスの後ろ黒板に出木杉くんを描くことと "みさえ" を 描くことにどんな面白さの違いがあるのか、私には高尚すぎてわからない。

クレヨンしんちゃん』の "みさえ" を描くことと『ドラえもん』の出木杉くんを描くことになにか価値の違いが恋人の中であるのだろうか?

 

言いたいことはいろいろあったが、とりあえず呑み込んで「なるほど」と言ってみた。

私は唯一の恋人に嫌われるわけにはいかないのだ。

 

その恋人が「 "みさえ" を描け」と言っている。

しんちゃんではなく、その母を。

 

 "みさえ" を資料なしで、さっと描けたら、恋人は私を見直してくれるだろうか。

これからも末永くやっていけるだろうか。

そうして私は自分にすこし誇りを持つことができるようになるだろうか?

 

いや、理由なんてない。すべては結果がついてくることで、終わってから知ることだ。

とにかく今から、 "みさえ" を描こう。そう決めた。

 

私の人生で、"みさえ" を描くときがきたのだ。

 

そう思った。

 

 

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というわけで、めちゃくちゃ "みさえ" の練習をしてみた。

 

 

 

DAY . 1 とりあえず描いてみる

 

ボールペンを使い、レポート用紙にファースト・ "みさえ" を描いてみる。

まずはやってみて、自分の中にある”みさえ” と対面し、今の実力を測らねばならない。

記念すべきファースト・トライ。

 

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参考画像を見ながら描いたのだが、「描ききる」ことすらできなかった。

 

頭頂部へ向かう特異な髪型角度、長さ、輪郭、なにもかもがわからない。どこから描いたらいいのだろう。

そもそも絵を描くこと自体、そうとう久しぶりだった。

 

どんな物事にせよ大切なのは「最後までやりきること」だ。出来不出来にかかわらず。好むと好まざるとにかかわらず。

小説もブログも、とりあえず最後まで書くことが大事なのだ。面白いかどうかはともかく。

"みさえ" も最後まで描くことが大切なのに、それすらもできないとは、多少のショックだった。

 

セカンド・トライではそのシルエットを捉えるところからはじめてみた。

 

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歪(いびつ)だ。極めて。

まだ絵を描くことに馴れていないので、そもそも下手くそで歪なのかもしれなかったが、シルエットだけでとらえた場合、こうも尋常から外れているのだということを思い知らされる。

つづけざまに、 "みさえ" を描いてみる。顔の輪郭から描いていたのをやめて、頭頂部からスタートしてみる。

 

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          ↓

 

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うまくいってる。輪郭だけなら "みさえ" としての説得力がある。

問題は顔だ。

 

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 ムッズ。。。。。

 

白人の子どもみたいになってしまった。

参考にしている "みさえ" と見比べてみると、まったく違う。愕然とする差が開いている。

すべてのパーツのかたちが微妙に違うのだ。

パーツごとに習作しなければならない。

とくに、目。

 

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        (そういう悪夢?)

 

パーツの練習をしたら、あらためて "みさえ" を描いてみる。

 

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髪の毛の角度を幾度も修正し、頭ではなく手先に "みさえ" を記憶させる。

前髪の角度すら難しい。

すべてのパーツと配置が関わり合っていて、すこしでもズレると違和感に繋がる。

脳外科手術みたいに繊細だ。

パーツのかたちも大事だが、それ以上に配置が大事なのかもしれない。

 

そんなこんなで初日最後に描いたものがこちら。

 

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どこが違うのかわからないが、なにもかもが違う。

上手な "みさえ" のコスプレをした人。そういう感じがする。

 

まぁ、まだ初日だしこんなものだろう。マイペースに続けようじゃないか。

 

あと、髪と瞳を塗りつぶした方が「像」が鮮明になるという発見をした。

 

 

DAY . 2 髪を塗りつぶす
 
翌日も "みさえ" を描いていく。

 

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昨日は頭頂部から描いていたが、やはり基礎に則り顔の輪郭から描くことに(それが基礎なのかはわからないが)。

 

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    (前日の ”みさえ” たちが映り込んで申し訳ない)

 

輪郭は描けたので、髪を塗っていく。かなり大きく描いたのでこれは大変だ。

 

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0.5mmのボールペンでは塗るのにかなり時間がかかる。

 

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とにかく果てしない。

余談だが、在宅で仕事中に  "みさえ" の練習をしているので、ときどき問い合わせ連絡に手を止められて遅々として塗りがすすまない。

私は仕事をしている暇などないのだ。

 

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なんとか塗り終わった。この時点で疲れてしまい、仕事も忙しくなってきたのでやる気を削がれた。

 

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そして顔を入れてみるとやっぱり違う。

あごの角度や髪の毛のボリューム、口角の位置、多くの些細なミスが重なって、顔を入れたときに総体の違和感として顕(あらわ)れる。

これなら顔を入れない方が "みさえ" としての力があった。

 

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でも初日と比べたら少しはマシなのではないだろうか。

仕事が忙しくなったので、今日はこのへんにしといてやろう。

 

 

DAY . 5 「"みさえ" 比」を測る

 

 "みさえ" を描いて5日目になった。

一日一人でも、という思いで続けたものの、技術的な進展は見られなかった。

 

 "みさえ" を描いているなかでいくつかポイント、というか、がある。

その山をうまく越えることができれば、それらしい "みさえ" になるというポイントだ。

 

山1:あごの長さ・角度

山2:頭頂部から左右へ広がる角度

山3:前髪

山4:目の配置

 

この4つの山を踏破できればイメージする "みさえ" に近付けるのだが、山は難しいから山なのであって、そう易々とはいかない。

ここをうまく越えられる手立てはないものだろうか?

はっきり言って数稽古しかないのだが、効率厨である私は、あることを思いつく。

 

"みさえ" を幾何学的に捉えよう。

 

 "みさえ" を数学的な幾何の世界に当てはめて、決まった角度・手法・比率を求め、それに基づいて描くことにより、安定的な "みさえ" を描けるようにするのだッ!

「 "みさえ" 比」を算出し、  "みさえ" の定理を導き出そうではないかッ!

数1A・2Bのテストで0点を取った腕がカラカラ鳴った。

 

   ↓

 

とりあえず模写しておおよその比をつかむ。

 

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そういえば漫画家先生も下書きのときに顔に十字線を引いておおよそのパースを測ってたような。

そうか、こういうことだったのか。

 

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イイ感じだ。

"みさえ" は関数で求められます。

 

目頭と眉の間の比率、顎の先端と前髪の先端と頭頂部が一直線に並ぶこと、その比、などなど、X軸とY軸に置くことでいろいろなことがわかってきた。

ここはより正確に算出して、正確な "みさえ" を描こうじゃないか。

 

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ボトル・ガムに入ってる付箋みたいな包み紙スマホの "みさえ" の画像に重ね、

頭頂部 ー 目:目 ー あご の比を求める。

また、目を水平に伸ばした線をx軸としたとき、あごから伸びる線とx軸の交わる角度を θ (シータ)として、関数y=ax (a=θ)のaの値を求めよ【問一】

 

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こういうときに方眼用紙は便利だ。

頭頂部 - 目:目 - あご=3.5:2.5

また、θの値は意外な方法で求まった。

 

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使用していたボールペンの筆先と同じ角度だったのだ。

θ = ボールペンの筆先

 

「 "みさえ" 比」が測定できたところで、さっそくこれを基に描いてみよう。

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このグラフを見て「 "みさえ" を描いている」と思う人はいまい。

さっきから自分は何をやっているんだ、という邪念が集中を欠く。

もっと他にやるべきことがあるのではないか?……

 

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輪郭を描き、目を入れたところでゾッとした。

絵の不気味さにではない。自分は何をやっている、という結果が伴わないことにより発生した虚無感に、背筋が凍りついたのだ。

 

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はい失敗。

幾何学的 "みさえ" であるためには、すべての角度と比率を求め、座標に点を打っていくように描かなければならないのだ。これでは足りなすぎる。

応用数学の世界じゃないか。どだい無理な話だったんだ。

 

このようにして5日目が終わった。

 

 

 

DAY . 10 トレースと筆ペン

 

10日経った。依然として "みさえ" をうまく描けるようにならない。

スマホの画面に "みさえ" を映してそれを見て模写していたのだが、この方法では限界があると感じてきた。

だんだん自分のクセが "みさえ" に反映されて、元画像とはかけ離れていくのだ。

 

そこで、思い切って、 "みさえ" をトレースすることにした。

 

参考画像の "みさえ" をコンビニで印刷し、それを用紙の裏から透かして、トレースするのである。

こうすることで本物の "みさえ" を手に覚えさせるのだ。

 

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(無理矢理拡大したのでガビガビ画質になってしまった "みさえ" ) 

 

このように透かしてトレースする。手元が暗くて結構神経使う。

 

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あごの角度の入りかたとか、耳の傾き加減とかすごく参考になる。

「へぇ~!」と感心しながら、そしてできるだけ多くを吸収しようと集中してトレースを進める。

 

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トレースし終えて、ああコレコレ!こういうのを描きたいんだよ!とようやく自分の描きたい "みさえ" 像を把握できた感じがあった。

いままで自分が描いてきたものは "みさえ" っぽいなにかでしかなかったのだ。

やれやれ、最初からトレースしておくんだった。

 

そしてこの日、私はようやく筆ペンを購入した。

これで髪の毛と瞳の中を塗る時間をそうとう短縮できる。

あの煩わしい作業をしなくていいのだ。

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         (煩わしい作業)

 

実際に塗りはじめてみると、その効果を実感する。革命的と言ってよかった。

きっと産業革命もこんな感じだったんだろうな。

 

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作業は瞬く間にすすんでいく。 "みさえ" 一人当たりの作画時間が半分以下になりそうだ。

 

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たとえばこうして文字を書いても、どうせ塗りつぶすから関係ない。

これは予想の「漫画あるある」ですが、漫画家先生はベタ塗りで塗りつぶすところに担当編集の悪口や猥雑な言葉を並べるイタズラやりがちです。

 

こうしてトレース "みさえ" はできあがった。

 

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こんなん、ほぼ「公式」じゃん。

 

これをもとに、今度はトレースなしで "みさえ" を模写する。

手先が "公み" (公式作画の "みさえ" )を覚えているうちに……!

 

         ↓

 

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格段によくなった。

目の位置、鼻の角度が大事だったのだ。

その要素を押さえただけで、 "みさえ" の同人誌を描けるくらいのレベルに進化した。

やはり何事も、手本を真似なければ極みへ到達できないのだ。

模倣こそ基本だ。

 

 

 

DAY . 11 筆ペンめちゃ便利

 

翌日も "みさえ" の練習に励む。

筆ペンにより作業効率は格段に上がり、練習にも精が出る。

筆ペンはめちゃくちゃ便利だ。

 

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線画を描いて……

 

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このような線の修正ができたとしても……

 

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塗れば問題ないのだ。

 

筆ペンによってベタ塗りの作業効率向上と、修正が可能になった。

修正できるとはなんて素晴らしいのだろう。

本当に革命だ。作業工数が減り、しかも  "みさえ" のレベルが上がった。

 

皆さんも筆ペンを購入してみてはいかがでしょうか?

 

 

 

DAY . 15 中間テスト

 

 "みさえ" の練習をはじめて15日が経過した。

ここで一度、参考画像を見ないで "みさえ" を描いてみようとおもう。

 

f:id:arimeiro:20201008233040j:plain  ~ 見ないで描いてみようのコーナー ~

 

15日間の修行の成果を見せるときだ。

自分のなかに培ってきた "みさえ" と正面から向き合い、画面に "みさえ" と自分自身をぶつける。

 

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 "みさえ" はこのときの輪郭で最終的な完成に至るかどうかが決まる。

とくにアゴのライン、角度、前髪の位置などだ。

 

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自負しているのだが、シルエットに関してはほとんど完璧に近いのではないだろうか?

あとは瞳、鼻、口など顔のパーツがどのように置かれるかにかかっている。

ちょっと間違えれば他人にすらなりかねない。

 

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悪くはない。

悪くはないが……

 

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なにかが違う。

 

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上は私が何も見ないで描いたもの、下はガビガビの画像からトレースしたものだ。

 

なんだろう、見ないで描いた "みさえ" はなんかちょっと幼さがあるというか、"公み" はちゃんとアラサーの女らしいのだけど、私の "みさえ" は田舎から出てきたばかりの女子大生みたいだ。

もったりしていて、野暮な感じ。

髪がボリューミーなのか……?

 

 

 

DAY . 16~30 練習の日々

 

中間テストから2週間、ひたすら "みさえ" を練習した。

仕事中も暇さえあれば書類の裏に描いた。隙間時間を利用して "みさえ" と向き合った。

 

この2週間の休みの日に、恋人の家族が私たちのアパートへ遊びに来た。

私は不覚にも "みさえ" を仕舞ったファイルを義母さんの前に落としてしまい、あのガビガビ画質の "みさえ" と私の描いた "みさえ" がご家族の前に露わになった。

自分の娘と結婚しようと言っている男の所有物から大量の "みさえ" が出てきたらどう思うだろう?

私が親だったら不信感を抱く。

"みさえ" オタクなのか? "みさえ" ガチ勢なのか?

美少女キャラやアイドルのオタクではなく "みさえ" のオタクであるという点が、キャラの元来持つプラトニックな感じに反していて、反社会性にも通じかねないある種の「特殊性」を浮かび上がらせる。

私は頭を抱えた。

 

「練習してんだよね?」恋人が言った。

私は肯くしかなかった。「……練習してるんです」

「 "みさえ" を?」義母が言った。

「はい。 "みさえ" を……」

私が俯いて赤面を堪えきれずそう言うと、義母は、へぇええとまじまじ見て、「上手いじゃん」と笑った。

 

   ↓

 

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練習の日々だった。

 

しかし、それだけ上手くなっていったかというと、むしろ画力は落ち込んでいく一方で、日を重ねるごとに「手慣れ」が出てしまうようになっていた。

悪い方向で、 "みさえ" を描き馴れてしまって一種の型に押し込み、丁寧さと誠実さを欠いている。

こち亀」も最後の方のキャラ作画がこなれちゃって、なんか丸くなってたじゃん。ああいうやつ。

 

手慣れでいい加減に描いてしまうのには理由があった。

 

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こうして丁寧に描いても……

 

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到底 "公み" には及ばず、自分の納得できる "みさえ" にはならないのだ。

半ばヤケになっている。

(この世にはヤケ "みさえ" というものが存在するのだ)

 

 

実力的にも、精神的にも、頭打ちに達したことはうすうす気づいていた。

最後まで「どうして "みさえ" を描いているのか」その答えを出すことができないでいた。

結果として "みさえ" を描いたという事実だけが残った。

 

だけど、それでいいのだ。

なにごとにも理由が必要なんて、誰が決めたんだろう。

恋人に "みさえ" を描くべきだと啓示を受け、練習し、自分なりの "みさえ" を描けるようになった、それだけのことでいいとおもう。

そこに深い理由はないし、狙いもない。

 

私は "みさえ" を描ける。

 

"みさえ"を描くべき時期が来たからひたすら描いた。それだけなんだ。

彼女を描くことに理由はいらない。

描くから描くのだ。

 

私が求めていた純粋な "みさえ" を今なら描けそうな気がした。

 

────さぁ、最後の "みさえ" をはじめよう。

 

 

 

LAST DAY. 本気で "みさえ" を描く

 

最後は方眼用紙ではなく、白い紙を用意した。

 

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真正面から、自分のすべてをこの一枚に捧げよう。

 

幾度も描いた輪郭の放物線が、初めて "みさえ" を描いた時のように新鮮な曲線に見えた。

頭頂部に向かう左側の傾きがいつもより急になったのは、気が急いているせいだろうか。

だけどそれでいいんだ。何回も描いたからわかってる。右の謎の膨らみで、頭頂部の鋭角はカバーできる。

前髪はシンプルが良い。あまり考えずに、決まったリズムで割れ目を入れればいい。

結局、最後まで顔のコツは掴めなかったな。目を大きく、寄り目にすること。これくらいか。

仏像の顔は仏師に似るなんて聞くけど、 "みさえ" もその点は同じだ。 "みさえ" を描いているとき、私は "みさえ" と同じ表情になっている。

そして描き出された "みさえ" に私は自分の心の変化を読み取るのだ。…………

 

 

 

そして、全力の "みさえ" が、完成した。

 

            

 

 

 

 

               

 

 

 

 

            

 

 

 

 

              

        

 

 

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満足した。

 

私は "みさえ" を描くことに成功したのだ。

 

これ以上の "みさえ" は描けないし、これ以上描きたくもない。

 

私は "みさえ" を描けるようになったのだ。

 

 

早速恋人に見せた。

「ねぇ、これだけの練習をしてさ、ついに満足のいく "みさえ" を描けたんだ」

すると恋人は、笑いながら、しかし憐れむようにこう言った。

 

「なんかわたし、責任感じちゃって。あなたがわたしの一言のせいで、憑かれたように "みさえ" を描き続けてるのを見て、申し訳なく思ってた。呪われてるんじゃないかって。でも、満足いくものが描けたのならよかった。とても上手だよ」

 

 

出木杉を練習しなくてよかった。

きっと憑りつかれたように出木杉を練習していたら愛想をつかされていただろう。

出木杉を練習しまくって愛想を尽かれ破局していいはずがない。

 

 

私は少しの誇りと、 "みさえ" を描けるという謎の技術を習得した。

外はすっかり寒くなり、秋はもう終わりかけようとしていた。