蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

なぜ消毒アルコールの中身を水に入れ替えるのか?

ことに受け入れ難いツイートを見た。

 

 

消毒用アルコールの中身を水に入れ替える、という内容だ。

たとえネタだったにしても、今のご時世こういったことをするのは、ほとんど人道に悖る行為だ。

 

先日渋谷駅前で、派手な格好した人たちが「コロナはただの風邪」「感染予防をする奴らは莫迦だ」といった内容の歌を歌唱して踊っていたのを見たけれど、このツイートの画像にある人たちもその一派だろうか。

 

世界的に大勢の人間が亡くなり、凶悪な感染力を有し、最悪の気分を味わわせてくれているコロナウィルスの現状を踏まえてどうしてそのような判断ができるのか、たぶんコロナではない他の病気に頭をやられているのが原因なのだろうが、まぁそうなってしまう気持ちもわかる。

なにか災厄に見舞われたとき、人は憎しみの矛先を求めて陰謀論を唱えたり、デマを流したり、妄信的になってしまうものだ。パニック、というやつかもしれない。

受け入れがたい現実をなんとかして受け入れようとした結果、現実とは異なる視点でもって思考が蒙昧になるのだ。最悪の現実逃避である。

 

それにしても消毒液の中身をすげ替えるなんて、なんて独善的なのだろう。

どういったテーゼでそんなことをするのか理解したくもない。

お前の考えを押しつけるな、とおもう。

良かれとおもってやっているのか、復讐なのか、試練なのか、絆なのかわからんが、私は消毒マニアなので、そういった行為はぜひともやめていただきたい。私の楽しみを奪わないでほしい。私は自分の手を消毒しないとなにもできないのだ。

 

だけど、「お前の考えを押しつけるな」という反論は、はたして意味が無い。

なぜならこの「消毒用アルコール中身入れ替え一派」の者共もまた、昨今世間の「消毒をしろ」「手を洗え」といった「押しつけ」の被害に遭っていたのだから。

彼らにとっては自分たちのテーゼに反する、世間の強制的な消毒ブームに辟易しているのだろう。

たしかに、CMなどで「見えないバイ菌」をいいことに、消毒の強迫観念を誘発するような広告は多い。「子どものために」「大切な家族を守るために」などと銘打った消毒用品の広告を一度は目にしたことがあるはずだ。

「子ども」「家族」をダシにして不安をあおり収益を図ろうとしているように私には映る。

こういうのもどうなんだろう、とはおもう。

このようは強迫観念に対し、一派はより強力な反抗心を燃やして、自分のなかの「正義」を肯定しようと行動に出るのかもしれない。

 

一派にしたら、私たちの日常的に行う消毒行為も、独善的に見えるのだろう。強迫的で心を圧しつぶされるような気分になるのかもしれない。

ただ、独善的で身勝手なやつらは被害者面をデカデカと掲げ、傍若無人になることで自分を守ろうとするものだ。

まったく身勝手で、自己中心的で、よくそんな被害者意識の塊でマスクもせずに街を歩けるな、恥ずかしくないのか、とおもう。

被害者はお前だけではなく、すべての国民で、いまも多くの人が病床で苦しみ、命を落とし、医療関係者は疲弊し、経済は混迷を極めているのだ。

どうしようもないような自然災害に立ち向かうには、強い心と支え合いが必要なのだ。憎しみあい、仮想敵を作って心の拠り所を求めようとするよりも、なにか自分の力で、身近にできる救いの手を、消毒してから差し伸べ合うべきだ。

敵はいつも心の中にいる。