なにか映画を観ようとアマプラを探していたら、目を惹く表題があった。
『エスター』だ。
「この映画は怖いらしいよ。じつに怖いらしい」と以前恋人が言っていた映画だ。
「このポスターの女の子ね、エスターって名前なんだけど、実は……」恋人が内容を話してくれた映画だ。ハナから終りまで、しっかりネタバレを話してくれた。
彼女はホラー映画を観ないと思っていたので、この作品を観ていたことは意外だった。
「いや、観てないよ」
「え?じゃあなんで内容を?」
「ポスターが怖すぎて、内容気になりすぎちゃって、ネタバレサイト読んだの」
クソザコのネタバレを私は喰らった。
そういった経緯から『エスター』を観ていなかったのだが、クソザコのネタバレもだいぶ忘れたので、まぁ暇だし、久しぶりにホラー映画に浸りたい気分だし、ちょうどいいかと観はじめた。
結論から言うと、血の気が引くほど怖かった。
ホラーマニアってほどではないけど「ホラーと言えば」で名前の挙がる作品はおおよそ鑑賞しているので、耐性はそれなりにできているつもりだったが、それでも目を背けたくなるほど怖くて、軽い気持ちで観はじめたことを後悔した。
恋人も一緒に観ていたのだが、画面を直視できず、ずっとTwitterやネタバレサイトを開いて現実逃避していた。ホラー初体験の人に『エスター』は強すぎた。初めての酒でブランデーを飲ませるようなものだ。
ホラー映画には三種類がある。
・幽霊やお化けが出る(テーマになっている)系ホラー
・SF作品で主にびっくりする系
・人間が一番怖い系ホラー(サイコホラー)
『エスター』は「人間が一番怖い系ホラー」だ。「一番怖い」ので、これが一番怖い。
私の中でトラウマになっているホラー映画はすべて「人間が怖い」作品だ。
人間の策謀や思想により主人公が陥れられ、孤独になり、喪う。自分は何も悪くないのに信用を失う。希望の芽は摘まれ、絶望が襲う。
人間は外面に映ったとき、幽霊や怪物とは違って「人間」でしかないのでチープさや作り物感が無く、画面に逃げ場がないのだ。
じわじわ胃の腑を痛めつける恐怖。嘘と謀略。
支配が怖い。人間相手であるがゆえの逃げ場のなさが怖い。
幽霊相手なら VS虚構だが、人間相手だと途端に VS現実になる。人間が次に何をするか想像しやすいからこそ、恐怖を掻き立てる。そしてもちろん、想像を超えてくる。
ホラー映画は「観る前が怖い」という持論がある。
想像しちゃうから。想像こそが、最悪の展開を想定することこそが恐怖の根源なのだ。これは期待感とも言い換えられるので、観はじめると大したことなくて恐怖は薄れていく。幽霊系の作品はそうなることが多い。びっくりさせる作品もパターンが決まっているので心づもりができてしまうと恐怖はなくなる。
作中もずっと怖いという作品は珍しくて、だからこそずっとヒリヒリする状況が続くホラー映画は良質と言える。サイコホラーはずっとヒリヒリできる作品が多い。
『エスター』もそうだった。怖くなって一旦画面を停止したとき、まだ全体の半分も来てなくて絶望した。
画面の構成がなんだかオシャレで、角度や視線の動き方に監督のこだわりを感じた。
たとえば画面の色調が序盤は清潔で白く明るいのに対し、物語が進むにつれて暗くなっていき最終的には暗い水の底へ繋がる。物語が取り返しもつかなくなるほど画面は暗くなるのが意識してそうだった。
忘れたころにもう一度観たい映画だ。