蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

名前をつけてやる

ルファベットってたった26文字でこの世界のすべてを記述できるのすごすぎる。

単語も文法も組み合わせだけだし、単語に至っては ある程度の数を覚えると法則性が見えてきて(語頭と語尾の法則とか)覚えるのがさほど困難ではなくなるらしい。

それなのになんで私は英語をまったく喋れないのかというと、わからない。死ぬほど受験勉強したのに全然できない。問題は解けても、実用レベルではない。

おそらく日常レベルで必要性を感じていないからだろう。

「英語を喋れなかったらどこにも就職できません」と言われたら、日本国民はみんな英語が堪能になるはずだ。

 

それはいいとして話を戻すが、アルファベット26文字で表現できないものがないってかなりすごい。

それに比べて漢字はいったい何文字あるんだよ。書くのに適してなさすぎる。いや、書くために文字を増やしていった結果、インフレしちゃったのだろうから、マスターすれば書面で意思伝達するぶんには一文字で多様な意味を深めることができてアルファベットよりも情報のコスパがいいかもしれない。にしても多くて複雑だ。

 

でもそんなアルファベットでも、というかこの世界のすべての言語でも、まだ言語化できていない事象は無数にある。

言語にできていないのでパッとは出てこないのだが、たとえば先日Twitterで見かけた「liminal space」がそれにあたる。

使われなくなったデパートの人けのない廊下とか、誰もいない夜道とか見たときのなんとも言えない感じをliminal space と言うらしい。

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これは私が撮ったliminal spaceっぽいもの。

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※もっと人の気配のないものがそうなのだろうけど手持ちの写真がないので各自調べてください。そういうサイトもあります。

 

潰れたデパートのがらんとした通りの写真を見たときのあの感じ。あのロケーションと感情にようやく名前がついた。

言葉では言い表せなかったのは、あれに名前がついていなかったからだったのだ。

liminal spaceを聞いて思い浮かべたのは「超芸術トマソン」だ。Wikipediaを引用する。

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意味のない建築物とその奇妙な芸術性。

 

私たちは名前のないものに対して鈍感にならざるを得ない。なぜなら名前がついていない(言語化できていない)ので認識できないのだ。

名前のないものを捕まえて分析し、名前を与えることはなかなか難しい。

 

詩は名前をつけることに少し似ている。

まだ名前のついていない情緒、風情、心の底、あるいは誰もが感じたことのあるものに言語を与えて、新たな視点を開く。

詩は言葉の研究だ。