蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

謎のフルーツサラダ

好きだった給食のメニュー 

Oisix特別お題キャンペーン「好きだった給食メニュー」

Oisix(オイシックス)×はてなブログ 特別お題キャンペーン
by Oisix(オイシックス)

 

つは昔、小学校に通っていたことがあって、なんと6年間も通い詰めたのは意外に思われるかもしれない。

そのときの貴重な経験として「給食」は語るべきことがたくさんある。

 

好きだった給食と言ってもパッと出てくる定番の「ハンバーグ」とか「揚げパン」とか「冷凍ミカン」の話をしても仕方が無いので、ここは「私だけが好きだった」メニューの紹介をしたい。

私だけが好きだったメニュー。

それは、しかしながら、名前を出すのが難しい。

仮にフルーツサラダと呼ぶけどぜんぜんサラダじゃなくて白い液体に浸かっていたし野菜は入っていなかった。純粋にフルーツばかりだった。

パイナップル、みかん、りんご。そのあたりのフルーツがなにやら白い液体に浸かっている「フルーツサラダ」、これが私は好きだった。

この白い液体が肝となるのだが、あの汁は何だったのかその説明も難しい。

何味でもなかったからだ。

ヨーグルト風味だった気もするし、甘酸っぱいシーザードレッシングのようであった気もする。飲むヨーグルトやドレッシングなんかよりさらさらしていて、とろみのついた牛乳に見た目は近い。けれど明確に乳酸菌的な味がしたわけでもなかった。ほんとうに何だったのかよくわからない。

このフルーツサラダは通算2回ほど提供された。

私はこれを至高の一品と認定し、他のひじきご飯やイカの竜田揚げを残してまで執拗に好んで汁を啜っていたのだが、周囲の反応はまるで正反対だった。

謎の液体に浸かったフルーツ。見た目に反して酸っぱく、ややえぐみもあったかもしれない。小学生の期待を裏切るその料理はあっという間に嫌われ「変な味だ」と誰かが口にすれば周囲も同調、果ては「こんなものを食べてるやつは人間ではない」とまで言わんばかりの論調まで現れ、ただ一度の提供で人気ランキングは最下位にまで落ちた。

私は、しかし、好きだった。

好きだったので、周囲が残すのをやれ嬉し哉といただき、ひじきご飯は残した。ひじきをぽそぽそつまむよりもよっぽどフルーツサラダの方が良い。うまい、うまい、と目をかっぴらいてスプーンを動かした。

 

半年ぐらいしてまた「ごちそう」は供された。

そのときも児童は鍋にフルーツサラダを残し、私は普段はおかわりなんてしないくせに、そのときだけはみんなが残したものをおかわりした。

このメニューを嫌いなのはうちのクラスだけじゃなく、他のクラス、他の学年でもそうであったらしく、「あの不味いフルーツサラダ」「あれを好きなやつは畜生に違いない」という共通認識で学校に連帯感が生まれたほどだ。そんな中で私はたしかに「異端」だった。

隣のクラスのちょっと変わってる男子が(アメンボを舐めるのが趣味だった)いろんなクラスを回り「フルーツサラダ、うまいよな?!」と同志を求めて自ら異端審問にかけられに行っていたのを目にした。私は彼の声に、同志、と思い固く手を握りたかった。ただ私はそれをせず、フルーツサラダを踏み絵的に楽しむ隠れキリシタンであった。

私は好きなものに堂々とすべきだったのだ。

全校生徒が大量に残したせいでフルーツサラダはその2回をもって永久に追放された。

あまりにも残すので給食室から各クラスへ苦言の手紙が届いた。

私はあれが大好きで提供中止は本当に残念な思いだったのに、連帯責任で文書による注意を受けている。まったく理不尽だった。本来私は給食室側の人間であり、むしろ文書を代表して読み上げ生徒を糾弾すべき立場であったはずなのに。ひじきご飯は残していたけど。

 

あれから十五年くらい経って、今なおもう一度フルーツサラダを食べてみたいと時々思う。

当時残していた人も大人になり、いま食べれば味覚が変わって美味しく感じるかもしれない。

今なら残さず食べれるだろう。私だってひじきご飯をきっと残さない。