最寄り駅の商店街には中華屋が4軒ある。
そんなにたいそうな商店街でもないのに中華屋が4軒あるのはどういうわけなのかわからないが、それなりの激戦区と言ってもいいかもしれない。
ところで町中華の行きつけ店を作っておくと、人生が豊かになるというのはあまり知られていない。
町中華は大抵安いものと相場は決まっており、店ごとに味から雰囲気まで違ってきて、店内の居心地の良さによっては「安くて美味しい食事」と「アルコール」も合わさって至高のChillスポットになりうるのだ。
また、今流行りのレトロ感を備えている店も多く、なんとなく雰囲気が心地よいというのも魅力のひとつ、これは開拓して人生を豊かにするしかない。
いまの街に引っ越してきてはや2年、行きつけの町中華をもたない私は商店街へ繰り出したのであった。
一軒目:小酒楼(仮名)
4軒あるといってもぜんぶ行くわけじゃない。
前述のとおり店の雰囲気・外装も大事であるから、私好みの見た目ではなかったらまず行かない。
私好みの店は、小さくて、ちょっと小汚いかんじのものだ。
「重慶飯店」みたいにがっちりきれいな店はお呼びではないし、プレハブ造りみたいな面白げのない店もよくない。ちょっとだけ汚くて古い感じの方が私にとっては居心地がいいし、古いということは永くそこにあるというわけで、地元民から愛されて美味しい可能性が高い。
そして、年季は入りながらも、掃除が行き届いていてそこに店があることに誇りを感じさせるような愛情がなきゃいけない。
町中華はね、新しすぎは良くないし、汚すぎも良くないし、いい感じに古くて愛情がなきゃいけないの。
「小酒楼」は見た目赤くて小さく、いかにも古い塗装の剥げ方をしている、まず見た目においてはこちらのラインをクリアしてきた店だった。
店内の壁からテーブルまでやたらと赤く、狭い店内の奥にテレビが備え付けられていて、店員の女性がやる気なさげに「空いてるとこどうぞ~」とテレビに目をやったまま言った。
空いてる席に座るとカップがびしょびしょに濡れた水が出てきた。
「なんにしますか?」
まだろくにメニューも見れていない私は高圧的な店員に気おされて、店内に掲げられたメニュー黒板に書かれた「本日の定食」を目を泳がせて頼んだ。「本日の定食」は搾菜と肉の四川風炒めらしい。まったく想像がつかない。なんの肉なのかもわからない。むろん、説明もない。
高圧的な店員。私は別に気にしないタイプで、仕事さえこなしてくれればそれでいいと思う。高圧的よりも問題なのは仕事をしないタイプの店員だ。たまに、ほんとうに、たまにいる。
客層は老若男女さまざまだったが、いずれも独りで来ている個人プレイヤーばかりだった。互いに干渉せず、もくもくとラーメンを啜ったりギョウザをかじったり昼間からビールを飲んでいる。
高圧的かつ放任主義型の店員だからこそこちらも気を遣わずに個人プレイ趣向でいられるというもので、なんの気兼ねもなく落ち着ける雰囲気ではあった。店員も好きにしているから、私たちも好きにすればいい。
なにげにテレビがあるのがうれしい。古い店にはなぜかテレビがあるもんで、この自然音的な民放の笑い声が実家のような安心感を与えてくれる。
まもなくして本日の定食がやってきた。搾菜と肉の四川風炒め。肉はどうやら豚肉。
炒め物と白米、なめこの味噌汁に冷奴、サラダ、おしんこがついて880円。いいかんじだ。かなりボリュームがある。
四川風とだけあって相応に辛く、それもけっこう痺れるかんじがして旨い。搾菜を炒め物として食べたことはなかったのだが、食感がコリコリとして楽しいもんだ。
かなりボリュームがあったので後半は辛さにもやられてきつかったが、コスパはいいと感じた。
内装も放任主義の店員も良かったし、とりあえず基準点としてこの店を据えておくのはいいだろう。
二軒目:南飯酔閣(仮名)
一軒目のほど近くにあるこのお店、まず外装が気に入らなかったが、見た目重視主義は現代では憚られるのでとりあえずここに決めた。
令和元年にできましたって雰囲気の角ばった店構えで、調度品や看板にこだわりが見られずいかにも安っぽく、外から見るとやってるのかやってないのかわからないくらい中が暗かった。
やってるものと信じて入ってみると、店員が客席に座ってスマホをいじってて私を一瞥するなり「どこでもどうぞ(あたしが座ってるとこ以外)」と店内をぐるりと指さして奥の方へ消えてしまった。
節電の為か電気があまり点いていないので少しでも光の入って来る窓際の席に着いた。侘び寂び、である。
内装は白い壁紙がだらりと広がっていて、スーパードライのポスターが色褪せずにぴっちり貼られていることからもまだこの辺りでは新しい店らしいことがわかる。かと言って綺麗なわけでもなくて、なにか空虚な感じを覚えた。
ここでも本日の定食を頼んだ。
卵とニラと豚肉の炒め物。
「すみませーん」と呼ぶこと2回、奥へ消えた店員がこちらへ顔をのぞかせた。来もしない。
まさかほんとうにやっていなかったのではないか、でも営業中の札も出てたしのぼりも立ってたしなぁと不安になったが、注文すると意外に威勢の良い返事が返ってきた。なんなんだ。
定食の味は普通きわまりなく、一軒目に比べるとコスパもいいとは言えない。すべてにおいて普通だった。よく言えば家庭料理ぽく、悪く言えば家でも食べられる味だった。
店員もやる気ないし、この店自体なんだか空疎で料理の味以外の「美味しさ」を感じなかった。
もう行くことはないだろう。
三軒目:星龍(仮名)
じつはこの三軒目が本命だった。
Googleの評価も4.5と高く、店構えは最も古くて最も小さく、もっとも小汚い。
商店街に面した勝手口はいつも開いていて厨房で鉄鍋を振るう店主の姿が印象的であった。
テイクアウトも充実しており、いつ見ても程よく混んでいる。これは期待ができる。
一組待ちでカウンター席に通された。店員は愛想がよく、忙しなくしながらも客への注意を怠らず、しかしそれでいて過干渉はせずに右から左へ、左から右へと注文を流したり皿を片付けたり飲み物を作っていた。ホール(と言っても小さいが)をひとりで切り盛りしていて、テイクアウト客まで扱うためかなり忙しそうだった。
チャーハンと餃子を注文。
カウンター席から見える厨房はやはり狭くて、大きな鍋や包丁が並び、二人の料理人が鍋を振るったり野菜を切ったり餃子を焼いたりしてやはり忙しそうだ。注文がひっきりなしに入ってきて休む暇もない。
それにしても鮮やかな手さばきだ。見ていて気持ちがいい。
餃子の焼ける香り、鉄鍋を振るうカランとした音、ガスバーナーの炎の熱までもこちらへ伝わってくる。
調理器具はどれも年季が入っていたけれど丁寧に使っているであろうことがうかがわれ、古いながらもぴかぴかに磨かれて料理人の動きは道具に合わせて最適化され、愛着を持っていることがわかる。
観察していたらあっという間にチャーハンと餃子、それからセットのスープとサラダが提供された。
チャーハンにはカニがのってて嬉しい。ぱらりと口の中でほどけ、叉焼とカニのうま味がじんわりと沁みてくる。
餃子はニンニクが効いていてこれはビールと合いそうだった。大きめなのも嬉しい。
どれも相当に美味しい。
チャーハンのボリューム感は文句なしで、満腹で苦しくなったほどだ。1100円。充分すぎる。
店内にはもちろんテレビがあって、夏の甲子園初日の試合が放送されていた。
誰も気にしていないのにアナウンサーが興奮して「ヒット!!」と叫ぶとみんなが一様にテレビを見ていた。店内にテレビがあるとこういうのが良い。
料理数も多く、名物の料理はほかにもあるみたいなのでこれからも来るのが楽しみになりそうだ。
最後に、会計を済ませたときにホールの店員さんに「お待たせして申し訳ありませんでした」と謝られた。
大して並んでもなかったのに。
町中華に求めるすべてがそこにあった。
行きつけの店を見つけられてよかった。