蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

過去からの手紙

月15日が最終出勤日だった。

引継ぎ業務をなんとかこなし、挨拶も済ませ、無事に現場を去ることができた。

9月末には本社へ赴いて社員証や保険証などを返還するが、それまでは休日ということになる。

 

最終日に会社の荷物整理をしていたら、研修時代に作っていたノートが出てきた。

本社での研修時にPDFの資料を渡されてひたすらに読み込む、研修という名の時間つぶしがあって、読んでいるだけじゃつまらなかったので内容をひたすら書き写していたのだ。

ネットワークの仕組みやコマンド、セキュリティ対策やコンピュータの仕組みなど、資格試験の基礎となることが図を交えてだらだらと記入されている。ところどころ眠気との戦いの跡が見てとれる。

当時の私は書いてある内容がまったく頭に入らず、言葉の意味を調べても解説で使われている言葉の意味がわからないというドツボにはまって、なんとなく内容は推察できても具体的なものが見えてこない、学習としてはまるで意味の無いことをやっていた。

現場配属になってなにかの役に立てばと思いそのノートを持って行ったのだが、体系的にまとめられていない(紙の上でも頭の中でも)ので役に立たなかったし、知識も頭に入っていないし、現場は日々勉強の連続でノートを読み返す暇などなく、引き出しの奥でいつか存在を忘れられたのだった。

3年半ぶりに開いたページに書きうつされていた文字やペンのインクの染みは当時の苦心を思い出すのに充分だったが、あらためて読み返してみると、書いていた時とはまったく違う視界が開けてきた。

ああ、このページ書いてあるネットワークの設定のやつ、去年ユーザーの拠点でネットワークトラブルが起きたときにやったようなことが書いてあるな。研修の時に勉強してたんだな。

あ、このメールのプロトコルのやつ、業務メールサーバーの不具合が起きたときに先輩と見たやつだな。

セキュリティ攻撃の種類か、この攻撃受けてパニックになったな。それでサーバー止めてさ……

 

研修のときは意味がわからなかった用語と内容が今では経験も踏まえて説明ができるほど理解できている。いつの間にか先輩も一緒にノートを読み返し、3年半の思い出話(苦労)に花が咲いた。

私がここにいた3年半はまったく無駄な時間ではなかったし、この頭の中に、たしかに私が経験を積んだ3年半が蓄積されていたのだった。

研修のときのノートが今になってエモなアイテムになって心を動かす、それはまるで過去の自分からの手紙みたいだった。