密室殺人事件に憧れている。
もちろんフィクションの話だ。現実に巻き込まれてわけのわからない密室で殺されたらたまったもんじゃない。
ミステリー小説の花形は探偵でも猟奇殺人犯でも怪盗でもなく、密室だ。
なんといっても密室こそがミステリーの主人公なのだ。
不可能に思える現場の状況、不可解な連続殺人、探偵役の推理、読んでいるこちらも謎解きに参加し、解けないからこそ種明かしの快感と最後のどんでん返しの快楽に溺れ、圧倒される。これほどの知的エンターテイメントは他にない。
密室殺人事件はアッと驚けて、すべてを理解したときの気持ちよさがたまらない。
ゆえに、ちょっと頭を捻って謎が解けてしまうと一気に興醒めになっちゃうから、作者に求められる知性と筆力はレベルが高く、構成や文章の工夫も味わいどころのひとつとなる。
私も密室殺人事件を書きたい。
森博嗣みたいな完璧な密室を作り出した~い!
でもまぁ、密室って、作れるっちゃ作れる。なにも特別な知識なんていらない。
問題はそれを解くのが難しいってだけだ。
まずは密室を用意します。ってな具合に、やってみよう。
たとえばある大富豪の館の、一部屋だけやたらと重厚な扉になっている「開かずの間」を設定してみる。その部屋は館の主人が幼いころから一度も開いたことがなく、また曰くつきなので開けられたこともない。鍵は大きな南京錠に加えて、あの、なんていうのかな、よくある、ドア・ノブの下に直接くっついてるタイプのアレがあって、もちろん開けるための鍵なんてどこにもない。パーティが催された夜、主人の弟が行方不明になって、翌朝なんやかんやあってその密室から見つかる。ほんとうになんやかんやあって、開かずの間が開けられるんだけど、とにかく密室だったわけだ。
さてともかくこうして密室は設定できた。
作るだけ作って無視し、あとは警察の人海戦術で犯人を追い詰めましょうね、というわけにはいかない。まさか犯人を勾留後に裁判で自白させるわけにもいかない。探偵役が快活な推理で謎を解かねばならない。そのために、そうだな、猛烈な嵐で館に続く橋が落ちたことにしよう。警察とかそういう類のは近寄れない。解決できるのは探偵しかいない。
さぁ困った。
ここからが難しい。
どうしようもない。
ところで密室推理にお約束の「糸やワイヤーを使ってドアの隙間から中のカギをかけて密室を作る」が本当にトリックだったことってないな。
あるのかもしれないけど知らない。
「糸を使えば必ずどこかに証拠は残るはずですよ。壁の塗装が剥げるとかね。それに、このタイプのカギでは糸でどうこうできる代物ではありません」などと探偵によって二行くらいで否定されるお決まりだ。作家はこのようなテクニックで文字数を稼ぎ原稿料をせしめているにちがいない。
だから逆に、このお決まりトリックは使えるかもしれない。
ぜんぜん証拠が残ってて、壁の塗装が剥げてるのもそうだけどちぎれた糸がふつうに落ちてたりして。
「犯人はクソバカですね」って探偵が言うと、一人顔を紅潮させるやつがいる。
だめだ、やっぱり使えない。
密室殺人はミステリーの花で、どこまでいってもフィクションなのが良い。
だって本来、べつに密室を作る意味なんて無いから。
森博嗣の密室もの(ほとんどがそうだ)でも「なぜ密室にするか」がテーマになっていたのをうろ覚えている。
だからこそフィクションだし、密室は花だと言える。