蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

蘇部健一『六枚のとんかつ』を読んだ

理小説、ミステリーが最近好きだ。

先日綾辻行人の『十角館の殺人』を初めて読んでそのトリックの巧妙さに読みながら思わず「えっ」と声を出してしまった。そんなに多く小説を読んでないけど『十角館の殺人』は日本のミステリー小説史に残る傑作だと思った。そんなことはミステリファンからすれば発表当時から周知の事実だったのだろうけど。

 

これまで読んだ中だとその『十角館』の他には森博嗣すべてがFになる』と歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』が驚嘆した作品だった。いずれも素晴らしいトリックが印象に残っている。

今回読んだ蘇部健一の『六枚のとんかつ』も、私は驚嘆し印象に残ったミステリー小説になった。

別の意味で。

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Kindleで謎に安売りされていてそのタイトルの奇妙さと表紙の不気味さのアンマッチに惹かれてダウンロードした。

Amazonのあらすじ紹介には「空前絶後のアホバカ・トリックで話題の、第3回メフィスト賞受賞作がついに登場!」と書いてある。

メフィスト賞といえば『すべてがFになる』を書いた森博嗣が獲った賞だ。大好きな舞城王太郎清涼院流水もここから登場した。

第3回だから20年以上昔になるだろう。それにしても気になるのが「アホバカ・トリック」というところだ。

アホバカ・トリック?

 

読んでみてその言葉の意味がわかった。

「アホバカ・トリック」それ以上の意味はない言葉だった。

短編集なのだが、多くの話で主人公は推理による謎解きができない。なにか特殊な状況があるわけではなくて、シンプルにおバカなのだ。

推理をことごとく外し、「えへへ・・・」みたいになっているうちに偶然犯人が判明したり、事故で犯人がわかって事件が解決するのだ。

また、勘違いが暴走して短編なのにページ数の大半を誤った推理に費やして終わることもある。

たとえば「しおかぜ⑰号四十九分の壁」という話は鉄道トリックになることがタイトルからもわかるが、冒頭3ページ目でこの話がどういう方向に進むかわかる。

ある男が彼の妻に一億円の保険金をかけた。その妻が殺され犯人は夫と見られているが、事件当時夫にはアリバイがあった。そのアリバイというのが、B地点の駅で妻が殺されたのは午後11:40分で、夫はA地点の駅で午後5:30に多くの人に目撃されていて、6時間ではAからBへの移動は困難である、というものだ。

主人公は「どれ地図を見せてみろ」と相棒から地図を見せてもらい、以下引用のセリフを吐く。

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図1。

「どうやら四国の地図のようだった」

開始3ページでこの短編のオチは見える。

 

他にもアホなトリックや推理が満載で、あろうことか「読者諸君にこの事件のトリックはおわかりだろうか?」と小癪にも挑戦状を突き付けてくる回もあり、話の内容もゲスというか下ネタまみれで下品なんだけど、こうして笑って読めるミステリー小説は珍しくて新鮮だった。間違いなく人が死んでいるのに。

表題作の「六枚のとんかつ」の他に「五枚のとんかつ」が収録されており、これはどうして似た名前の話なのかというと、物語の舞台状況が異なるだけでトリックが同じだからである。

注意書きに「同じトリックなので好きな方を読んでください」とご丁寧に書いてある。どっちも読んだけどどっちもちゃんと面白かった。同じトリックだが。

おバカな展開、下世話な話、基本的にはそんなのばっかりだけど時々本格的な、真面目なトリックが出てきて虚を突かれるので侮れない。主人公が覚醒してトリックを解き明かす回もちゃんとある。なんなんだ。

 

あとがきに著者はこのように書いてある。

「この作品のノベルズ版が出たとき、バカだ、ゴミだ、だれにでも書ける、商品としてのレベルに達していないなどと、たくさんのご批判を頂戴した。

当時は、そういうことを言った人たちに対して殺意を抱いたものだが、四年ぶりに読み返してみると、たしかにこれはゴミだった。」

メフィスト賞を獲って出てきた作品を読む人たちは京極夏彦とか森博嗣みたいな本格推理かつ読者を驚かせる新鮮さを求めてこの本を手に取ったのだろう。

心ない言葉を吐いた読者の気持ちもなんだかわかる気がするが、この短編集がかつてない作品で、新進気鋭であったことには間違いない。

それに、面白いのも間違いない。

 

ミステリー小説には二種類ある。トリックが先行しているものと、謎が先行しているものだ。

トリック先行はトリックが存在してそれに沿ってキャラクターや事件が動くもので、謎先行はまず事件が発生して奇妙な状況があり、あとからつじつまを合わせていったような作品である。

六枚のとんかつ』はトリック先行で、むしろ推理小説の種を集めたような作品集である。

その種、みたいな部分に脳のおかしな部分を刺激されて、自分でも書けそうだな、と思ってしまうけど、たいがいそのように思わせる作品ってよくできている証で、絶対にうまく書けるわけがない。

ミステリーは小難しい印象もあるけれど、笑って読めるし、文章がわりと丁寧で読みやすく、初めての人でも取り組みやすい作品ではないだろうか。

 

なんか絶賛してるのも恥ずかしいけど、とにかく面白かったです。