会社の人から信玄餅をいただいた。有名なお菓子だが、私は一度も食べたことがなかった。
インターネットの情報でこれは食べるのが難しいというのを知っていたし、見るからに きな粉が吹きこぼれそうだったし、食べ方がわからないから会社のパソコンでググって信玄餅を食べるのも格好が悪いので、ひっそりと自宅に持ち帰った。
カバンに包装そのままで入れ、無事に運搬し、カバンから出したのを見た妻が一言、「シロウトが」と罵った。
「わたしは信玄餅が溢れ出ないように、ちゃんと袋を二重にして持って帰ってきたの」そう言うと妻も彼女のカバンから信玄餅を取り出した。
驚くべきことに、夫婦揃って会社の人から信玄餅をいただいていたのである。
別々の会社に勤める夫婦が同じ日に信玄餅をもらう確率はどれくらいなのだろう。
ともかく目出度いので、信玄餅記念日とした。
さて、私はこれの食べ方を知らない。
食べる前に思うのが、葛餅とそっくりだということだ。きな粉だし、黒蜜だし、食べなくても味はだいたいわかる。お決まりのあの味なのだろう。
「信玄餅は、この包みにきな粉もろとも出して、黒蜜をかけて、揉むの」妻が手本を見せる。
なんなんだ、コレ。
「ほんとうにこんな食べ方があり得るの?異常じゃない?なんていうか」
「わたしもこの食べ方は初めてやる。でもこれがネットで見た『正しい』食べ方だから……」
私たちは情報に踊らされているのかもしれない。
フクロに包んで揉んだ感触は、限りなくアレに近くてびっくりした。食べ物なのであえて言わないけど、ほぼアレと同じだった。アレよりもちょっと気持ちいいくらいかもしれない。やわらかくて、潰し甲斐がありそうだ。信玄餅は3分割なのでアレよりもひとつ多く、唯一そこだけが違う。
妻は「臓物みたいだ」と言った。
結婚してからというもの、妻に私の言動が伝染して、このような悍ましい言葉をひょいと口にするようになった。
味はそこそこ美味しかった。
でも想像は超えてこない。
ま、フツーだな、と思いつつも7秒あまりで完食。
しかし、食べ終わってからジワジワと、おれはこれが好きだ、とそんな思いが大きくなってきた。
名残が美味しいのだ。
食べているときはライブ感の渦に巻き込まれてよくわからないのだけど、後になってから美味しさが思い出されてつくづく味わい深い。
もう一個食いてえ。
お土産でまたくれ。
そう思った。
妻は「この面倒臭さがエンタメになってて、信玄餅は楽しいんだよね。だからお土産にぴったりなんだよ」と言ってた。
なるほど、この面倒さが、信玄餅を特別にしているのか。
※画像は桔梗屋のサイトより転載しました