蕎麦を手繰ってきた。
先日お出かけをしたときに食べたものだ。
私はこういうふうに、1日で食べたものを数日に分けて投稿することで、さも毎日美味しいものを食べているかのように装っている。自分の料理にしたって似たようなもので、美味しく作れたときや映えるものを作ったときにしか投稿しないことで、普段からオシャレな料理をしている人、という認識を与えることに成功している。
せいろ蕎麦を食べたのは久しぶりだ。
最近は駅蕎麦なんかで「かけ」ばかり貪っていたので、温かい店内に着座して食べるとなれば、冷たいせいろを手繰りたくもなる。
蕎麦の美味しさはせいろでこそ際立つ。
香りもそうだし、なによりも食感。角の立った蕎麦は奥歯で噛み締めると蕎麦特有のムチッとした食感を楽しめ、喉に滑りこんでも立体感を保っているものだ。
麺つゆに蕎麦をひたひたにつけてはいけない、と教えてくれたのは『吾輩は猫である』の迷亭君であった。
山葵をたっぷり入れて、蕎麦を三分の一ほどひたし、あとは勢いのままに啜る。そうすると食感も、香りも、味も死なない。
私はこの食べ方をはじめてから、せいろを好きになった。
さて一息に、啜る。
「うるさい」
妻に言われる。
ズゾゾゾゾッと啜る音を非難しているのである。
蕎麦は音を立てても良いのだから、その非難は私には届かない。蕎麦をちまちまちびちびぺちゃぺちゃ食べている人に非難されたくないな。不粋なやつよ。
「セーターにハネてるし」
麺つゆが私のセーターにハネてシミを作っていた。
おしぼりですぐさま拭いたが、うっすらと斑点が残っていて、気にならないと言えば気にならないけど、一度気にすると永遠に気になる具合になってしまった。
私はゆっくり蕎麦を啜った。
天ぷらも美味しかった。
私は穴子の天ぷらが大好きだ。いかんせん、海老がスポットを浴びがちで穴子はこの大きさでも主役を張れないなんておかしな話だ。ふわふわしていて、淡白だけどいい香りがして、大好き。
大きな輪切りのネギの天ぷらとサツマイモの天ぷらも付いていて、いずれも美味しく、久々に満足のいく蕎麦と天ぷらを堪能できた。
このお店は江戸時代からの創業らしい。
そのため現金支払いのみの対応だった。500円しか持っていなかった私は冷や汗をかいたが、妻が財布を出してくれて助かった。
持つべきものはパートナーだ。セーターに麺つゆがハネてることも教えてくれたし。
お店 ──江戸蕎麦手打處あさだ(浅草橋)