蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

旅館の概念の匂いがするアロマを欲しい

事中、これは夕方だったが、どこからか「旅館の概念」の匂いがした。

その瞬間、思い出したのは、

旅館のスリッパだ。

旅館のぶかぶかのスリッパ。廊下の深紅の絨毯を摺り歩く感覚。

自分の靴下とツルツルのスリッパの親和性が低くてめっちゃ歩きづらいんだけど、どんな部屋か楽しみな感じ。

それを思い出して、ぐっときた。

部屋の窓から旅館の庭が見えたらいいな〜と思う。

海沿いの旅館なら、海が見えたらいいな〜と思う。

ちょっとした通りが見えてもいいんだよな。その向こうには山が見えたりして。

部屋の、冷たくて清潔な布団のことを思う。

シーツは飽くまで白く、枕は蕎麦殻で、なんかちょっと固い。テレビの下に金庫がある。襖の向こうに小さい冷蔵庫がある(中にはよく冷えたポカリの缶がある)。アミニティで、見たこともないけどなんか高級そうなシェービングクリームを見つける。歯ブラシがある。綺麗なタオルがある。蛇口の掃除が行き届いてる。トイレのスイッチが意外にも近代的。

ふと香った旅館の概念の匂い、その一瞬で、ここまで思った。

私は仕事の手を休め、旅館の概念に思いを馳せた。

 

そもそもこのとき香った旅館の概念の匂いとはなんだったかというと、「大広間に準備された食事の香りが廊下に漏れてくる匂い」だった。

小さい鍋でくつくつ沸くお出汁の香りに、固形燃料の燃えるわずかなガソリンぽい匂い、浴衣の裾の糊の香り、風呂の温かさと石鹸の爽やかさ混じる香り、酒、ビール瓶の栓を抜く音、コップに液体の注がれるリラックス音、箸の音……匂いのことなのに、音まで聞こえてくる。

匂いの記憶とは不思議なものだ。

会社の近くは飲食店が多く、また、会社の裏手で工事中のため、料理のにおいと重機の排気ガスのにおいが混ざり合って、奇跡的に旅館の概念の匂いになったらしかった。

 

旅館の朝の匂いも好きなんだよな。

雨上がりだとさらに良い。

アスファルトとか土の湿った匂いに混ざって、庭の草木の香りもしている。早めに浴衣から着替えちゃって、早朝に散歩するのもいい。

紫陽花が咲いているかもしれない。葉桜がそよいでいるかもしれない。池の鯉が一匹、ザブンと騒ぎ立てるかもしれない。工務員さんが熊手で落ち葉を掻いているかもしれない。

とにかくその朝は普段の朝とは違くて、ちょっとした音とか、空気の温度とかさえも、特別に思える。旅ではそれくらい、日常と離れていたい。

そんで散歩から戻って部屋に帰ったときの「感じ」ね。

あ〜ってなる。

もう一眠りしちゃいたいな〜とか思う。

旅行だから今日もどっか見に行ったりなんかしたりしたいけど、ダラダラもしたい。ぐちゃっとなった布団を見ていると気分が弛緩する。昨晩の、まっさらな布団を思う。

食事前に朝風呂しちゃおうかな。

 

旅行してぇ〜〜〜(この間行ったばかりだけど)