蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

トランジット・イン・タイランド~本編(あるいは旅行者下痢症になった話)~

 前日編

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 タイに行ってきた。

 どこに行ったかとか細かいことは書いていくとキリがないので(例によって面倒くさいので)(そして面白くないので)、肩の力を抜いて、気になったことや思ったことを書いていく。

 バンコクの空港に着いて私がまず感動したのは、イスラームの礼拝所が設けられていたことだ。

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 日本ではめったに見ないので、むしょうに感動した。中では数名のムスリムムスリマがお祈りをしたり休んだりしていた。

 バンコクに到着したのが18時ごろで、アソークという街に宿を取った。モノレール(BTS)と地下鉄スクンビット駅の交差する大きな街だ。
 今こうやって街の名前を書いていても懐かしい気持ちになって、タイの風を思い出して寂しくなってしまう。


 タイは東南アジアで赤道が近いため、暑かった。一番暑かった日で37度NHKの世界の天気予報という番組で(ホテルのテレビでNHKが見れた)、バンコクがどの国よりも頭一つ抜けて暑くて、ああ、世界で一番暑い都市にいるんだなぁと思ったものだ。

 私がタイの暖かい風に汗を流しているとき、日本の恋人は毛布にくるまっているんだなぁなんてことを考えてクスクスした。元気かしら。お土産はなにがいいかしら。クスクスした。気持ち悪い男である。

 バンコク交通渋滞がえげつなくて、とにかくどの交差点も車とバイクがひしめき合い排気ガスをがんがん排出している。そのため外に出るとすぐに頭痛がして困憊した。マスクをすればいいのだけど、いかんせん暑いので堪らず、ロキソニンをがりがり嚥(の)んでやり過ごした。なにせ37度もあるのだ。これでも年間では涼しい季節だという。
 ホテルの前の道路はいつも渋滞していた。ツアーに参加した日、早朝5時に起きて外を見たらすでに渋滞しており、ツアーから帰って就寝前の0時に外を見たらやはり渋滞していたので、もしかしたら24時間渋滞している可能性がある
 どういうことなのだろう?出勤の渋滞と帰宅の渋滞なのだろうが、24時間渋滞しているということは、早朝に渋滞に参列して夕方に会社に着き、夜に退勤して渋滞に参列して明け方家に戻り、そのまま渋滞にまた参列して……ってそんなわけないだろうけど、一日のうちのどれだけを渋滞に消費しているのか、バンコクの人も大変だよなぁ。

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 渋滞を抜けると車は一般道でも100キロちかく出して凸凹の道を走り抜ける。スクーターみたいなバイクも負けてないで、縦横無尽に道路を駆け巡り、命がけで走っている。

 その光景にも二日目には慣れた。みんな、何かしら用事があって大変なのだ。

 サイアムという街のショッピング・モールに行き、そこのフードコートで夕食を摂った。フードコートにはやたらイケメンな白クマがいた。

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 一方、最終日に行った動物園(トラ園)にはユルくて不気味なパンダがいた。

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 バンコク福井県の腰を抜かすような大都会で、日本の店や企業も多数進出しているばかりか、新宿顔負けの高層ビルも建っていて、驚いた。でも、道路を一つはさむとスラムが垣間見えた。
 ホテルの裏道をちょっと歩くとスラム街に繋がっていて、物乞いや足のない老人や怪しい肉を焼いている露天などが目立つ。もちろん、野良犬もいる。
 昼間は、そういった人たちは表の「きれいな街」には出てこないのだけど、夜はうろうろしていて、野良犬もハアハア言ってる。大都会にも野良犬がいるのは不思議だ。日本では田舎でも野良犬なんて見ないから。

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 田舎の方ではさらに野良犬が多くて、どいつも暑さにぐったりとしていた。寺院の野良犬は餌を貰っているのかそれなりに肥えて太いのだが、そのへんの道でぐったりしている野良犬は痩せ細っていて、生まれたことを後悔した顔で舌を出している。
 どの子も捨て犬だというので、可哀そうだが、どうしようもない。だから、学校や寺院が野良犬に餌を与えているらしい。襲ってくることはないが、ワクチンをやっていないだろうから迂闊に触るのは危険だ。可愛いものには毒がある。

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 アユタヤで遺跡を見たり、象に乗ったり、エメラルド寺院や暁寺院に行ったり、鉄道市場に行ったり水上市場に行って蛇を担いだり、トラ園でトラの子を抱いたり、いろいろなことをやったのだが、そのほとんどの思い出は最終日に私を襲った腹痛にかき消された。
 ひどい腹痛で、完全に、完璧に腹を下してしまったのだ。
 
 最終日の朝に襲われた。原因はなんとなくわかっていた。
 食べ過ぎだ。

 タイ料理がとても好みだった。家族にはタイ料理が合わなかったらしく、いちいち文句を言ったり残したりしていて、私はもったいないなぁと残飯を食べていた。でもおいしいなぁ、とバクバク食べていた。朝から猛烈な下痢で、30分に一回は下す有様だった。薬を持ってきていないので耐えるしかなく、だんだん腹痛はひどくなっていく。油っこくて慣れない料理を普段以上の量食べていたから、腸に異常をきたしたのだ。ナンプラー、魚醤、ココナツ油、などなど普段は摂取しない香味や油を調子に乗って食べまくったから、腸がバグったのだ。
 ずっとホテルで寝ているわけにもいかないし、その日はタイの親戚に会わねばならなかったので、青い顔でホテルをチェックアウトし、100キロで凸凹道をぶっ飛ばす車に揺られ、パタヤの親戚へ会いに行った。車の揺れること揺れること。振動が腸に響く。やめてくれ。
 寝ていないと痛みでどうかしそうだったのでとにかく移動中は寝ることにした。途中で降りることも叶わないし、降りたところで名もない草原でパンツを下ろし、サソリや蛇を恐れながらするしかない。そんなの嫌だ。毒蛇に尻を噛まれて名もない草原で死ぬなんて惨めすぎる。私は眠ることで我慢した。起きても現実は悪夢でしかない。
 寝ているときだけは痛みを忘れられた。起きているときは痛みをいかに克服するかの勝負だった。
 親戚に会い、海辺のレストランでこれまた美味しいシーフードのタイ料理をごちそうになった。ビールを勧められ、飲む。たくさん飲む。たくさん食べる。
 馬鹿である。
 昼食後、私の腸は「もう、あかんわ」と言ったきりどんちゃん騒ぎをはじめ、ヤケクソになって、「焼け糞」からははるかに遠いものを15分に一度、出すようになった。ペースが上がってる。ハイになってる。もう笑うしかなかった。悲しくて、惨めで、泣きたかった(ちょっと泣いたんだよね)。
 トラ園では動物のショーの合間にトイレへ駆け込み、トイレに来ているのか動物園に来ているのかわからない有様だった。

 途中で薬局へ寄ってもらい、イチかバチか薬を探したところ「正露丸」があって、神よ、私は跪(ひざまず)くように拝んで、イスラーム「プレイ・ルーム」に入ろうかと思ったくらいなのだけど、まあとにかく数十バーツで手に入れて、人生初「正露丸」を嚥んだ。
 これが、くさい。忍者の丸薬って感じのくささで、タイで食べたもので一番刺激的だった。でも感謝。
 「正露丸」の効果はそこそこで、しかし期待よりは特効薬にならなかった。でもないよりずっとマシだった。夕方ごろはそれでなんとかやり過ごせた。
 夜、いよいよ帰国するときになって、バンコク空港で腹痛はピークを迎えた。「正露丸」を嚥んでも、効果がなくなったのだ。
 そもそも食後に服用せねばならないのに、その食事が困難な有様だったので水だけで服用していたことが仇になったのだろうか、とにかく腹が痛い。腸を絞られるような痛さだ。トイレに入っても、もはや何も出ない。なぜなら、水もほとんど飲まなかったからだ。水を飲むと一気に腹を下して危険なのだ。家やホテルであれば飲めたのだが、移動の中では飲めない。名もない草原で毒蛇に怯えることになる。
 水を飲まなかったため、軽い脱水症状になった。何も食べていなかったため貧血になった。視界がふわっとして足元がやわらかい。腹痛は治まらず、けれど何も出ない。八方ふさがり。
 そして、7時間のフライト。それを考えたときは、ああ、ここで人生が一度終わるんだろうな、と覚悟した。
 背水の陣。危急存亡の秋(とき)。四面楚歌。その手の故事成語が脳裏をよぎる。
 私にできることは寝ることだけだった。とにかく寝るように努めた。離陸前に眠り、途中一度だけトイレに入って、その後は着陸まで目を覚まさなかった。


 羽田に着いてもまだじんわり痛くて、自宅最寄りまで行くバスの中でまた眠った。よくまあこんなに眠れるものだ。最寄りに着くと、腹痛はかなり治まっていた。私の気合が勝ったのだ。「寝る作戦」は柔よく剛を制した。いや、柔よくを制した。
 こうして失態をおかすことなく、社会的な死を免れた。ほとんど半死だったが。

 

 帰宅して6時間経ち、このブログを書いている。腹痛は治まったが、下痢は終わらない。でも頻度は少なくなった。なじみのある日本の食事を食べて回復を促したい。あと、「正露丸」をきちんと服用したい。
 とにかく、これで名もない草原で野糞垂れ死ぬ可能性はなくなった。
 サワディクラップ・ユア・ハンズ。

 

 

 

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