蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

父の遺したわりとどうでもいい言葉たち

 2月に父親が死んでから、どうしてだろう、なにかと父親が生前に遺した言葉を、それにまつわるものを見ると思い出す。何を見ても何かを思い出す、というウェイ(ヘミングウェイ)の言葉通り、人間が見つめる物事には言葉がまとわりついているんだ。やっぱり言葉は呪いなんだ。
 しかし、父の言葉がなにか格言めいたものであればいいのだが、そうではなく、ほとんど冗談のような、どうでもいいものばかりなのだ。私の幼少期につかれた嘘、ジョーク、そういったものがほとんどだ。これから私が生きるうえで役立つような言葉はひとつもない。呪いにしては弱すぎる。
 今日はいくつかを紹介しよう。


1.「生きてるよ」
 先日、たこ焼きを食べたときにこの言葉を思い出した。
 たこ焼きって皆さんご存知ですか?知らない人のために説明をすると、タコが入っているボールで、たこ玉とも呼ばれ(呼ばれない)、味はお好み焼きに近く、ソース、マヨネーズ、青のり、かつお節をかけて、はふはふ言いながら食べるものだが、大阪では日に7回食べているというし(食べてない)、どうかしてるんじゃないか、青森では日に13回もリンゴを食すと聞くけど(これはマジらしい……)、頭おかしいな、怖い。ともかくたこ焼きは美味しいものだ。
 「生きてるよ」とは、父がかつお節を見て私に言った言葉だ。
 幼少期の私は、たこ焼きの上で踊るかつお節が生きていると思っていた。感受性がカンストしているので。
 実際はたこ焼きの熱による上昇気流で質量の軽いかつお節がふわふわ揺れているだけなのだが、幼子ではそんなことはわからない。かつお節はスライスされた薄い状態でどこか部屋の隅とか畑をうろうろしている生き物だと思っていた。
 その謎の生命体「カツオブシ」を生きたまま捕らえて、アツアツのタコ焼きに振りかけているものだと当時の私は考えた。つまり、生きてる「カツオブシ」を踊り食いせねばならないわけだ。
 そんな残酷なことできない。
 どんな生き物の踊り食いだって残酷で出来ないのだ。活きいいから何なんだ。悪魔か。
「カツオブシ、生きてんの?」と私は恐る恐る父に訊いた。
 すると父はニヤニヤしながら「生きてるよ」と答えた。
 ひどい父だ。
 私は「じゃあ食べない。カツオブシが死んだら食べる」と言って、カツオブシが死ぬのを待った。実際にはカツオブシは生きているわけがないので、カツオブシが死ぬとはつまり、たこ焼きが冷えて上昇気流が発生しなくなることを意味する。
 私は冷えたたこ焼きを食べた。父は私が食べ終わるのを見守っていた。ニヤニヤしながら。
 なんて悪党だ。


2.「鼻を膨らませろ」
 カップルたちは見つめ合うだけでお喋りができなくなり、ふふふと恥ずかし気に笑ってしまう特殊な生命体だが、私もその一人だ。
 見つめ合うとなんだか笑けてくる。それはなにかが可笑しいのではなくて、なんとなくなんとなく、幸せだからだ。素敵なことだと思う。結婚してしばらく経ったら睨み合うことになるのだろうか?嫌だ。
 こういった場面になると、父の言葉を思い出す。
 昔、父とどこかのファミレスに行ったときのことだ。隣の席でカップルが見つめ合って、カップルのコミュニケーション方程式に従って、くすくす笑っていた。
「蟻迷路、カップルは見つめ合うとなんだか笑ってしまうんだよ」
「どうして?」
「さあね。そういうもんだ。笑わなかったら危機感を持った方がいい」さすが父。バツ2なだけある。
「笑わなかったらどうすればいい?」
「鼻を膨らませて笑わせろ」
 そういうことじゃねぇのだが、秀逸な答えだ。
 私は恋人と見つめ合って、彼女が笑うたびに、父の言葉を思い出す。笑わなくなったら鼻を膨らませようと思う。


3.「光よりも速いもの」
 冗談めいた言葉を思い出そうとしても、やはり言葉の立ち上がる場面にならないと思い出せないので、父が残した人生に役立ちそうな格言を一つ紹介しようと思う。父の名誉回復を願って。
 父が浮気をして家を出て行ってしばらくして会ったとき、父は「光より速いものを知っているか?」と私に問うた。
ニューロンかな」
「よく知ってるね。でも、ちがう」
 光よりはやいもの。なんだろう。想像力のない私にはわからなかった。
光より速いもの、それはね、『想像』だよ。なにかの映画で言ってたんだ。登場人物が一瞬で木星から地球にやって来るんだ。それで、どうやって光より速く地球に来れるのかと訊いたら、我々は『想像力』のエネルギーで移動できるのだ、なんて答える。どういうことかと言うとね、蟻迷路、遠い宇宙の、はるかに広がる星雲を思い浮かべてごらん。図鑑に載ってたね」
 私は図鑑に載ってた長い名前の星雲を思い浮かべた。
「リアルに、思い浮かべるんだ。図鑑の写真ではなくて、自分がそこにいるように」
 私は言われるがままにした。
「さあ、これでお前はその星雲に光よりも速く到達できたことになる。なにせお前は想像して、実際にそこに行けたのだから」
 なるほど……。

 頓知な考え方だけど、この言葉はなにかと私に勇気をくれる。
 頭の中はまさしく無限大なのだ。光よりも速いものを想像すれば、光より速いものが脳内に浮かび上がる。宇宙よりも広いものを思い浮かべれば、自分の脳内は宇宙よりも広いものとなる。ニューロンよりも小さいものだって存在する。頭の中に。
 想像は可能性なのだ。
 そして、その想像を文章や絵画や音楽など芸術作品に落とし込むことができたら、それは現実に顕れる。そして、作品を見た人々の頭の中に私の宇宙が広がる。
 私は文章が書けなくなった時、この言葉を思い出す。自分に勇気をくれる。

 

 いくつか役立つ父の遺した言葉もあるけれど、大半はしょうもないことばかりだ。
 また思い出したら紹介しよう。