蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

時代のツール〜何で書くかについて〜

    近は専(もっぱ)ら、iPhoneのメモ帳で小説を書いている。主にブログに載せる用の、5000字くらいの小説。

    これまではパソコンのOffice Wordで縦書きで書いていたのだけど、仕事から帰ってパソコンを開く気力がなく、ついつい無精してiPhoneで通勤時間に書くようになってしまった。

    これがものすごくストレス。書くのやめようかな、って思っちゃうくらいストレス。書きにくい。

    そもそも文字を打ち込むのがダルい。

    パソコンだとぱたぱたぱたっと両手を使って素早く文字を打ち込めたものだが、iPhoneだと片手でフリック入力になってしまい、速度はそんなに変わらないかもしれんけど、著(いちじる)しく手が疲れる。記号の入力も手間がかかる。これがストレス1

    ストレス2は、画面の小ささ。

    iPhoneのキーボードを出すと画面の約半分がキーボードで埋まってしまう。これだと書いた文章を読み直す際に画面が狭い。いちいちスワイプして画面を動かさなければならないのだ。めんどくせぇ〜〜〜〜。

    ストレス3横書き

    私は横書きが嫌いだ。手で書く場合もできれば縦書きにしたい。なぜなら、日本語は元来縦書きを前提とした文字のつくりをしており、書き順や草書などの文字のつなぎ方も縦書きを前提として美しく魅せるようにできている。

    文字を読む際、頭の中で書き順を追うようなことはしないけど、なぜか横書きだと読みにくさが私には生じる。なんかつまらんな、と思ってしまう。 日本語は縦書きでこそ文字の美しさが映える。

    横書きだと目が滑るような感じがして、文字の美しさや文字の羅列によるある種の物々しさが減退し、文字を楽しむという感覚が薄れ、「情報を摂取する」感覚だけが残り、それでつまらん、と思ってしまうのだ。これは昔、書道を習っていたせいかもわからないし、単に私の偏屈かもわからない。知らない。

   ともかく、 iPhoneだと横書き(しかも狭い)しかできない。

    

 

    と、こんな感じでiPhoneで小説を書くのはストレスだ。もうやめよう、と思う。

 

    もうやめよう、と思うけど、やめない。

    このiPhoneで書く」ということに、新しい文筆の可能性があるのではないか、と考えているからだ。

    

    明治、大正、昭和、平成、そして令和。私たちは時代ごとに文筆のツールを変えてきた。

    昭和の後半まで多くは手書きだったけれど、筆記用具が筆から鉛筆、万年筆、ボールペン、と変わり、それによって文章のスピード感や呼吸が変わったのではないか、と私は仮説を置いている。

    そうだったら面白くね?それだけの理由で。

    平成になってパソコンで書く環境が増え、それによってまた文筆家の文書速度と呼吸が変わったかもしれない。

    そうだったら面白くね?まぁ、結局のところそういったツールによる文章の特性は作家の腕によって見えなくなってしまうのだけれども(これを言ったらおしまいだ)。

 

    さて、2020年になろうとしている今、書くツールはさらに幅を広げた。それがスマートフォンの存在である。

    ポケットに入り、いつでも書くことができて、誰の文章でも読むことができる。きっと、このツールにはこのツールだけの固有の速度と呼吸があるはずだ。

    

 

    iPhoneをはじめとしたスマホTwitterで140字小説を書くのに適している。書くときに画面の大きさがちょうど良いし、読むときにも文字の大きさやバランスに横書きなりの美の均整が取れていて読みやすい。ただし、長い文章になるとやや読みにくいフシがある。

    どうして読みにくいのだろう?

    それは、横書きの狭い画面で読むに適している文章ではないからだ。

    リズム感、呼吸、センテンスの長さ、言葉の使い方、などなど、によって。

 

    Twitterは良い。どうあがいても1ツイート140文字までだし、140文字を読むのに時間がかかってもせいぜい30秒程度だ。高度情報処理時代の現代に適(かな)った速度である。140文字でも多いくらいだ。だから、長文投稿できるFacebookは廃れてしまったし、ブログはさらに廃れた。時代の「はやさ」についていけなかったんだ。だから、画像や動画で端的に情報を伝えられるInstagramやTIK TOKが覇権を握っている。時代の「はやさ」に適っているから。Twitterはその中間にあると言えよう。必ず速度に乗り遅れて廃れる。近いうちに。

 

 

    文芸が廃れていく現代、生き残るには時代のツールを使って読み書きするのが手っ取り早いのではないかと思う。

    いつまでも古いツールに拘るのではなく、強(したた)かに貪欲に、あらなければならぬ。私も紙の本派だし、古本とか原稿用紙とか大好きだし、価値があると思うけど、これからの時代、そういったものを世間に広め売ろうとすると、電通とか大手広告代理店の力が必要になり、電通社員は過労死する。定期的に。

 

    文字を読ませる時点で時代の速度ではないのだから、物書きの端くれの末端神経である私としては、時代の速度に適った文章を書かなければならない。そう考えるから、頑張ってiPhoneで小説を書いているのだ。模索しながら。苦しみながら。

 

    皆さんも私のあとに続いてはどうでしょうか?

    嫌だ?

    嫌ならやんなくてもいい。私はやる。

 

    なぜなら、面白いので。

 

 

 

 

     めちゃくちゃ真面目に書いちゃったから(読みにくくて支離滅裂でごめんね)、ふざけた画像でも貼っておくか。

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    私が考えた漢字。