蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

近況・偏狭

     道オタクみたいな顔したメガネ男2人がまったく同じギンガムチェックのシャツを着ていたし、なんならズボンも似たようなものを履いていた。

    もしかしたらお揃いにしていたのかもしれない。

    最近女の子の間で双子コーデが流行っているし、カップルコーデなんかもある。性が開かれようとしている令和だし、男同士で双子コーデしていてもまったくおかしくないだろう。

    まったく、いい時代になっちゃったな。目の毒だ。

    イケメン同士なら目の福だった。

 

 

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    最近、会社の新人研修は酷いもので、一日中放置プレイが基本、ひたすらにマニュアルを読み続けるという苦行を強いられている。

    読めば「へぇ〜」と納得できるのだけど、理解しているわけではない。恐ろしく実感のないことばかり著述されており、煙が揺れ動いてるのをずっと睨んでいるような虚無感がある。心が死につつある。

    研修室の空調や照明も酷いので、そこに一日座ってひたすらに幽霊的文章を読んでいると、だんだん呼吸が苦しくなってきて、どこかで酸素を抜かれているんじゃないかって疑いたくもなる。

    水槽にポンプを入れなかったために夏祭りで捕った金魚が翌朝窒息して腹を上に浮かんでいた悲しい光景を思い出す。私たちはこうしてじっくりじっくり、痛みも感じないほどゆっくり、そして確かな手応えを持って、殺されるのだろう。

 

    そして殺戮的に眠い。

    まったく情緒のかけらもない文章を読んでいると眠くなる。退屈で仕方ない。

    はじめのうちは、勤務時間内に眠ることは許されない風潮があったから頑張って寝ないでいたし、どんなに退屈でもスマホをいじったりしないでいたのだが、上司も誰もこないし咎める人はいないので、スマホを触る時間が次第に増え、私は関係のない小説を読み始め、多くの人は昼食後に突っ伏して眠るようになった。

    罪悪感なんてもはや失っていた。寝て当然みたいだった。

    戦争で人殺しに次第に慣れていく感覚ってこういうことなのかな、と思いながら私もスヤリと午睡のぬかるみに意識を任せた。

 

    こんなことがもう2週間続いている。でも慣れてしまったから、つらいとも思わない。

 

 

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    私が気に入らない人間をボコボコにしてくれるゴリラが欲しい。

    スタンドみたいにゴリラが出現して、気に入らない奴をボコボコにするのだ。

    バナナを食べ、夜は藁の上ですやすや眠るのだ。

 

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     母が先日の夕餉時に唐突にこんな話をしはじめた。

 

 

    母は昔、美大生だった。

    クラスには電波ちゃんみたいなのがわらわらいて、みんな自己中で、もちろん母も自己中で、自分がなにかをされたわけではないのなら、他人がなにをしようとどうだってよくて、みんな自由だった。

    そんな中でも特にやばい子がいて、服なのか頭陀袋なのかわからないような布を纏い、宇宙と交信してるみたいな独り言を常時呟き、友だちはおらず、目があちらの世界を見ちゃっているような子がいたという。

    でも、そこは美大生。自分に関係なければそんなやばい奴でも好きにさせておく。

 

    そんなある日、その子の絵が授業で先生に酷評された。

 

    その子はその日以来、学校に来なくなった。

 

    可哀想だけど、仕方がなかったのかもしれない。所詮、その程度の講評で道半ばにして抜けてしまうということは、彼女は「本物」のアーティストではなかったのだ。奇人ぶることでしか自分の居場所を掴めない精神未成熟女子だったのだ。

    私はここまで話を聞いて、そう思った。

 

    だけど、それは違った。

    彼女は、本物だったのだ。

 

 

    母が次にその子の話を聞いたのは、しばらくして彼女が校庭で焼身自殺した事件でのことだったという。

 

 

 

「死ぬことないのにね。でも、死ぬしかなかったんだろうね」

    母はどこか同情しながらも、話をそうくくった。

    なんとも言えない沈黙に、食器の触れる音がいやに大きく聞こえた。

 

 

 

    謎が残った。

    なぜ母は夕食を食べているときに、唐突にそんな話をしたのだろう?

    私は虚無の拷問に近い研修を終えてヘトヘトなのに、飯が不味いじゃないか。

 

    こういうところが、母がかつて美大生だった名残としてときどき見える。

    

 

 

    以上。