我が家ではほとんど毎朝、目玉焼きを食べる。
「作るのが簡単だし、たんぱく質があるから」と母は曰く。朝元気がなくても、目玉焼きだけは食べろと言われる。それだけ母は目玉焼きの栄養価を信じているのだ。
『美味しんぼ』で目玉焼きをどのように食べるか世界会議が開かれる話があった。半熟焼きにするか、カタくなるまで焼くか、片面焼きか、両面焼きかで喧々諤々と議論するのだ。
主人公・山岡士郎の出した答えは「蒸し焼き」であった。
半ば焼けてきたところでフライパンに蓋をし蒸らすと、表面がプルプルになり、黄身が淡い桃色になる。また、長い時間蒸らしておけば黄身をカタくすることもできる。
どうして『美味しんぼ』の話をしたのか自分でもわからない。たぶん、文字数稼ぎだろう。
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目玉焼きを食べていて、ふと思った。
どうして目玉焼きと言うのだろうか?
この疑問は、そういえば幼いころに抱いた疑問だ。しかし大して深く考えなかったのは、幼いながらに「ああ、この、白身の中に黄身が丸く収まっている様子がいかにも人間の目玉様で、この見た目をユーモラスに『目玉』と称した、メタファー遊びなのだろう。つまんな。でもこういうところが人間の愛しさだよな」と決着をつけたからであった。
しかし、それから二十年ちかく経って、再び疑問は芽生える。
「なぜ『卵焼き』ではなく、『目玉焼き』なのか?」
卵焼きと目玉焼き。
どちらも定番の卵料理だが、工程としては目玉焼きのほうが圧倒的に簡単だ。幼稚園児でも作れる。ということはもちろん、保育園児でも作れるというわけだ。
卵さえ割ることができれば、熱したフライパンに卵を落とすだけなので、ひょっとしたらおにぎりよりも簡単かもしれない。熱して放っておけば食べられるようになるのだ。焦げないように見つめるだけでいい。卵なんて割らないでいる方が難しいくらいなのだ。猿でも作れる。
このくらい簡単ということは、火を使った最初の卵料理は「目玉焼き」だったと考えられる。
最初から卵焼きのような比較的複雑な工程を要する卵料理をするわけがない。
「卵をボールでといてそこにお砂糖(もしくはお出汁)を入れ、四角形のフライパンに薄く張るように落とし、すこし焼けた卵を片方に寄せ開いたスペースにまた卵を薄く張るように焼き、を繰り返して、層状に巻いたものを『卵焼き』と称そう!」となるわけがない。
ぜったいに、「目玉焼き」が最初は「卵焼き」と呼ばれていたはずなのだ。
あるいは「目玉焼き」を最初に作ったのがユーモアのある若干サイコパスの入った詩人だったらソレを「卵焼き」とは称さず、最初から「目玉焼き」と言ったかもしれないが。そんな詩人は料理をするわけがない(決めつけ)。
だいたい、目玉焼き、って名称は怖いではないか。
「ほぅら、目玉だぞ!」って驚かすのが目的なのだろうか?
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昔々、ある物好きなお殿様が太平の平和に飽きてこんなことを言った。
「儂は、刺激が欲しい。そうだ、町の処女の目玉を片方ずつ取ってきて、料理にしてみろ。それを皆で食べよう。儂は、暇なのだ。そうしてときどきとても冷酷なのだ。権威とはそういうものだから」
料理人は困った。
なにせ、料理人が想いを寄せる相手は商人の一人娘だったからだ。彼女の目玉を取ってマッドアイ・ムーディにしてしまうのは、いくらお殿様のお達しと言えど、どうしても気が引ける。
(マッドアイ・ムーディ)
そこで山の和尚、一休に何か案はないかと尋ねた。
一休は両の人差し指を前頭葉のわき辺りに押し当てて、腹痛に苦しむような歪んだ醜い顔で「ぽくぽくぽくぽく」と謳いだした。彼は城下でも噂のヤバイ人だったが、それでも頼れる知略の持ち主だった。
「ちーん(笑)」とムカつく顔で言ったと思うと、さっそく一休は頓知でもって料理人にある指示を出した。
「お殿様、これがお殿様のご所望なされた目玉料理でございます」
料理人の持ってきた料理は鶏卵を平面に丸く焼いたものであった。
「なんと!目玉じゃなくて卵ではないか!」
「いえ、この料理は『目玉焼き』と言うのです。よくご覧あそばされてください」
「むむ……なるほど、目玉のように見える……しかも、めちゃくちゃ美味しいではないか!」
そう、この時代、鶏卵はめちゃくちゃ高価だった。娘を売ってようやく卵を一個買える時代であった。
この高価な料理にはお殿様も満足し、料理人は商人の娘と結婚し、一休はお寺でぽくぽくしてハッピーエンド。どっしゃ~ん!ワハハの、ハ。
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「目玉焼き」の誕生はこうであったはずだ。
最後の方はかなり面倒くさくなってテキトーになってしまったけど、このような経緯がないと「目玉焼き」名称の成り立ちをすんなり受け止めることができない。
あとでちゃんと調べてみると、「目玉焼き」と称したのは詩人の中原中也らしい。
なるほど、中也なら酔った勢いで言いそうである。
「こンちきしやう。なにが鶏卵だ。こンなもン高価で堪るかつてンだ!腐つた目ン玉みたいな見た目をしやがつて!」
中也がこんな口調であったかは不明だが、この中也のくだりは最初から最後まで嘘であるから気にしないことにして、気になる人はちゃんと自分で調べてください。
インターネットをはなから信じるな。目が節穴になるぞ、「目玉」焼きなだけに。
ワハハの、ハ。