『ツキイチ!生理ちゃん』を一気読みした。
この漫画はwebメディア「オモコロ」(オモシロ・コロシアム)で連載スタートした漫画で、昨年は実写映画化されたり手塚治虫漫画賞を獲ったり、なにかと話題だった。
テーマはタイトル通り「生理」
擬人化(?)された「生理」が女の子の元へやってきて、思いきり腹をぶん殴ったり、バズーカをぶっ放したり、よく理解していない男を懲らしめたり、「生理」を通して見える人間関係のありさまを描いている。
オムニバス形式なので主人公は毎回違うし、境遇も時代も違えば住んでる世界も違う。男が主人公の回もある。
だから基本的に、どの話から読んでも差し支えないでしょう。
タイトルからなんとなく敬遠していたのだけど、生理ちゃんくらい読んでおかないと時代に後れをとるなと思って、暇の多いこの機会に一気読みした。
「オモコロ」で24話まで読めるのだ。
生理ちゃんの良いところは、淡々と出来事を描いていくところだ。
語りすぎていないということが物語を深めているし、そのことが物語を「自分の物語」にさせる余地を持っていて、さらに私みたいな男性は「生理」の存在を、「自分の物語」化することで再認識させられて、「生理」は特別なものでもなんでもなく、ひたすら周辺にあるものなんだと了解させてくれる。
この物語はフィクションであって、ノンフィクションでもある。
テーマもさることながら、漫画として上手いと思う。絵もゆるくてかわいくていい。特徴的な線だ。
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私は男性で、生理が来ない。万が一来た場合、それは血尿であり不健全な病気だろう(ちなみに私の上司は半年に一回血尿を出して入院している)。
保健の授業で女性に生理が来ることは知っていたし、恋人に生理が来ることも知っている。妹も生理になるのだろう。もちろん知っている。
だけど、本当の意味で私は理解していなかった。
生理とは何なのか、そのほとんど「すべて」をわかってなかった。
なにをどのようにどれだけ理解していなかったのかここで書くつもりもないし、きっとまだまだ理解していないことや了解に至っていないことはあるのだろうが、恥ずかしい話、『生理ちゃん』が私に無知の知を教えてくれた。
この漫画を男性が読んでも「わかる!」とはならないだろうし「いや、そうじゃないだろう」ともなれないだろう。なぜなら男性に生理は来ないので。
女性読者からしたら「いや違うだろ」とか「そういうことじゃあないんだよな」ってところもあるだろう。
生理の重さや規則が人によって異なるように、解釈や漫画への意見も異なるのだ。
『生理ちゃん』を読んだからって、私が女性に対してしてやれることはないし、なにかやったところでおせっかいだろうし、ほっといたらほっといたでそれも違うだろうし、結局どうすればいいのかはわからない。
ただ、「理解する」ということは始まりだ。
スタートラインに立たなければ進むことすらできないのだ。
もしかしたら「理解する」ということだけでもいいのかもしれない。とにかく「知っている」ことと「わかる」ことは似ているようでまったく異なるものなのだ。
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好きなお話は第6話
男女が入れ替わってオトコの「性欲」とオンナの「生理」をそれぞれ体験するお話。
あと、第13話。
宇宙人カップルが子どもを欲しがるお話。
ちょっと世界に優しくなれるお話がいっぱいです。