蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

夏服を一着しか持っていない男

に着るための服がなかったので(なぜ?)、服を買った。

どれくらい無かったかというと、一着しかなかった。

 

正確には余所行きの服が一着しかなかった、というだけで、部屋着にしているボロボロのTシャツは無駄に五着くらいある。

「服を買ってよ」と恋人に言われていた。

「まぁまぁ」と言って誤魔化していたが、近頃出かけるときは常に同じ服であることに気付かれて、私が服を一着しか持っていないことがバレてしまった。

もっと言うと、ズボンに関しては一着も持っていなかったので、冬にも履いてたズボンを代用していたのだ。

「買いなさい」恋人の口調はいつしか「命令」になっていた。

 

普段着のほかに、私はスーツも欲しかった。

ずっと大学入学時に買ったスーツを着ていたのだが、先日ズボンの尻の部分に縦線が見え、それは明らかに経年劣化による摩耗で、修復するほど高価なものでもないので新しいものを買うことにしたのだ。

ところで尻の部分の亀裂はいつから入っていたのだろう。

下手すると私は下着が透けたまま仕事をしていたことになる。

棚の高いところにあるダンボールを取るときとか、重いものを運んで腰を曲げて尻が強調されているとき、私のパンツも同時に「強調」されていたのではないだろうか?

深く考えると怖くなるので、考えないことにした。そのスーツのズボンもすぐに捨てた。

 

 

そういうわけで何もかもが不足し、何もかもを必要としていたので、服を買いに行った。もちろん、一着しかない夏服と冬のズボンで。この日は暑く、早急に夏用のズボンを買うべきだと思った。

留美禰や丸ヰでいくつか店を見て、ああ、もうこれでいいや、とぱっぱと決めて買いたかったのだが、はたして自分はどんな服を着たいのか、なにを目指しているのかビジョンがないので、服を選べない。進路に迷っていた高校生の頃を思い出した。

店員さんに声をかけられて、ありがたいことに「どういった服をお探しですか?」と訊かれたので、「すべて、すべてがないんです。私には、なにも、なにひとつ持ち合わせがないんです」と答えたところかなり困惑させてしまった。額に汗。申し訳なかったが、それが本音だった。

しかし店員さんは気持ちの良い青年で、ではこれはどうでしょう、これなんかもお似合いかと、などと私の無理難題に臆せずいろいろなタイプの服を薦めてくれた。

私のようにビジョンのない人間にとって服屋の店員さんはありがたい存在だ。がんがん声をかけてほしい。話がしたい。見立ててほしい。

 

結局、店員さんが薦めてくれたものはひとつも買わなくて申し訳なかったが、ズボンとTシャツを一着買うことができた。これで普段着は二着になったわけである。

ひとまず、と言ったところか。

まぁまぁ、今日はこの辺にしといてやろう。

 

その後スーツ屋へ行き、スーツを二着買った。

スーツって高い買い物だ。来月のカード支払いにはiPhone代や本代などさまざま嵩んでおり、今回の衣服も合わせるとすごい数字になってしまった。しかもこの期に及んで、私はAirPods proも買うかもしれない。

いくら「ボーナスの前借だ」と心しても、ボーナスが吹っ飛びかねない。

本が高価ならわかるのだが、服が高価なのが意味わからない。

高価な服はあってもいいが、アベレージが高い気がする。服は人間らしくあるための基本ではないのか。人間が人間らしくあるのは衣服によるところである、と『吾輩が猫である』の猫も言っていたじゃないか。

同じように、食べ物も住居ももっと安くすべきだ。人間が人間らしくあるために。

(馬鹿な奴ほど話を大きくする)

 

 

金をかなり浪費したことと、これだけ買ってもまだまだ服は足りていないことに、だんだん腹が立ってきた。

なにか買うと充足感があるものだが、服に関しては「浪費した」としか思わないあたり、本当に服飾に興味が無いのだろう。それがまた悲しい。

服に興味を持ちたい。オシャレになりたい。

 

帰り道は物凄い雨が降って、もう全部どうでもよくなってその場で泣き出しそうになった。いっそ泣けたら幸せだったかもしれない。