蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

一度流れた涙は戻ってこない

曜日、在宅勤務だったのだが、朝から動悸が治まらずひどく朦朧とした気分だった。肩がひどく凝っていて、胃がキリキリと痛む。

原因ははっきりしている。

仕事がつらいのだ。

それでもなんとか、自分を騙しながら、すこしずつ業務をやっていた。

大丈夫だ、と口に出せるのは在宅勤務のいいところ。大丈夫、大丈夫、大丈夫、と何度も声に出す。おまじないが効くまで何度も何度も。大丈夫、大丈夫。

仕事でやるべきことははっきりしていて、いくつかの確認とユーザーへの催促、連絡、そして計画と盛りだくさんだったが、自分で道筋を立ててその日舞い込んできた申請作業と共にこなしていけばいい。今までもやってきたことだ。

ただ、頭が全然回らない。

うつむくと顔じゅうのパーツがこぼれ落ちそうになるので顔を覆って呼吸を整える。

わけがわからない。

なにがどう無理で、どこが駄目で、なにがつらいのか言語化ができない。

いま転職活動は各選考も「結果待ち」のフェーズで特に動きもないし心がどこにも拠り所を見つけられず、しかも業務はどんどんたまっていくわけで、頭が回らないので滞りまくり、光が一縷も入らない重い箱の中に閉じ込められているかのような手探りもできない閉塞感に苛まれている。棺の外は海の底かもしれない。私の声は棺の外にも出ないし、私の中からも出てこない。平日は長く、安穏は短い。

 

そうこうして昼休みに入り、その日も昼食は食べられずにベッドに横になって時間をやり過ごした。

LINEをなんとなく流し見ていたら間違えて通話ボタンを押してしまって、母に電話をかけてしまった。

すぐに切り、気付いていないと良いな、と思った矢先に母から折り返しがかかってくる。

「どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ」平静を装う。「間違えてかけちゃったんだ。ごめんよ」

「あら、そうなの」と母は笑う。「転職活動はどう?」

「ああ、今は結果待ちだね。なんとなく進んではいるよ。心配しなくても大丈夫だよ」

「そうなのね。無理はしちゃだめよ。本当に無理になったとき、もう遅いんだからね。でもあなたなら大丈夫よ、きっと行きたいところへ行けるし、行くべきところへ導かれるから」

「うん」

「なにかあったら電話してね」

「うん。ありがとう」

「またこっちへいらっしゃい」

短い会話だったけど、私は涙をこらえるのに必死だった。少しでも声の震えが出ないように呼吸を整えて返事をした。

電話が切れると、止めどなく涙が溢れた。

自分でも驚いてしまうくらい、お母さんの声に安心した。

そして情けなくてしかたがなかった。

26歳の男なのに、責任も持てず、心の声を言葉にできず、涙となって、息がつまる。

結婚もしてこれからいろいろと忙しくなるのに、妻を幸せにするのが使命だというのに。

涙と同じくらいマイナスの感情が頭の中に湧いて止まらない。胸が裂ける。

 

涙が止まっても、その日はもう仕事なんかできそうになくて、熱があるから、とテキトーな嘘をついて早退した。

次の日も休んだ。

 

一度流れた涙は、もう戻ってこない。

自分の中でなにかが決定的になってしまった。