蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

運河の鮭

樽には運河がある。運河から支流が伸びていて、いくつかの橋がかかり、その上を道路が走り、といったように運河を中心にして小樽という街は発展している。

私と妻がよくわからずに大通りを歩いていると、橋の下を覗き込んでるおじいさんを見かけた。

そこらを歩いているおばさまたちも一緒になって覗き込んでいて「しゃけ、しゃけがいる!」と騒いでいた。

「鮭がいるらしいよ」

「へえ」

妻はいかにも興味がなさそうだったが、河を泳ぐ鮭なんて見たことがないし、しかもこんな街中で珍しいので、おじいさんの横で私も橋の下を覗いてみた。

「あ〜、いま橋の奥の方にいっちゃったから、見えんね」おじいさんは惜しそうに言った。

「鮭がこんなところにも来るんですね」

「そう、昨日の雨で運河が増水したから、運河との境を超えて支流にも来んのよ。一昨年なんて、このところに50本はいてね、テレビが集まって撮ってたのよ。コロナで観光客もいないのにね」

おじいさんはときどきチラリと橋の下を気にしながら、話を続けた。

「運河の方にはね、ここ最近また来るようになったから、今日もこっちの方にいるかと思ってね。見かけたらアンタらみたいな観光客に声かけてンのよ」おじいさんは笑った。

なんとも縁起のいいものだ。

新婚旅行で河を遡上する鮭を見られるなんてラッキー以外に解釈の必要性もない。

おじいさんは、朝から小樽の河という河をウロウロして鮭を探し歩いているという。定年退職して優雅な生活を送っている。

それからおじいさんは、機嫌良くこの街のことやオススメの寿司屋のことや道路事情について話してくれた。小樽についてならなんでも知っている、とおじいさんは豪語したとおり、私たちの泊まるホテルの位置から逆算してどこが見どころで近いとかそのホテルはここが素晴らしいのだとか嬉しそうに話した。小樽のことが好きなのだと伝わってくる、気持ちの良い人だった。

ところで、旅先では結構いろんな人から話しかけられる。

それもすべて、妻のおかげだ。

私が一人で歩いてて声をかけてくるのは宗教の勧誘とか怪しいセールスくらいのものなのに、妻といると道を尋ねられたり街中のなんでもない人となんとなく話したりする機会が生まれる。妻の雰囲気に害がなく、大人しそうで可愛らしいからだろう。歩く剣山と化す私とはまるで違う。

そんなことを思っていると、

「あっ!あれ鮭じゃない?」

橋の下からヌッと魚影が出てきた。

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ぜんぜん写真に撮れなかったけど、たしかにいるので探してみてください。

その一匹に続いてまた一匹、もう一匹と、合わせて6〜7匹の鮭が川を泳いでいた。

縁起がいい。天気も晴れたし、いろいろなものが私たちを祝福してくれている。

「そうかそうか、アンタら、新婚さんだったのか。そりゃあ、こっちが縁起のいいもんに会えたなぁ」おじいさんはしみじみと嬉しそうに言った。

鮭は上流へ向けてゆるやかに尻尾を振った。