蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

鯛めしの労力

月早々、鯛めしを作った。(写真はない)

クリスマス前からコロナになってしまって年末の楽しい予定もすべてキャンセルしたし、ここ数日間はレトルトばかり食べていたので、正月くらいはなにか美味しいものを食べよう、と思った。

スーパーへ買い出しに行き精肉コーナーを物色してみると、上を向いて歩こうの肉ばかり売っていて、正味、牛肉をあまり好まないのでさてどうしたものかとスーパーをウロウロ練り歩くはめに。

正月や年末やなにかめでたいことがあると日本人は上を向いて歩こうを食べようとする。まぁ美味しいし栄養もあるし祝福感があるけれど、なにも上を向いて歩こうだけがご馳走じゃない。ここまで書けばわかるだろうけど、上を向いて歩こうというのはスキヤキのことだ。

 

鮮魚コーナーに鯛が売られてた。

1200円。これは、安いのかわからないけど、たぶん通常よりもちょっと高くて、それが悔しくもあるけれど年末価格は仕方がない部分もあるから呑むこととして、それにめでたいからと言って鯛にしなくてもいいのだけど、私は魚の中で鯛がフグに次いで好きだ。

1200円。これを一尾捌いて鯛めしにし、アラはあら汁にしよう。妻も喜ぶに違いない。いいことを思いついたもんだ。

 

正月一日の夜、私はナマクラの包丁で鯛を掻っ捌き、土鍋で鯛めしをあつらえた。あら汁も作った。豚肩ロースの塊を紅茶で煮て、煮豚も作った。

家庭料理なりに上手くできたし、妻も喜んでくれたのだが、正月からやる料理ではなかった。

労力かかりすぎである。

豚を煮るだけでも1時間はかかったし、鯛は捌く時間を入れたら合計で2時間半くらい料理していた。

それに土鍋で作る炊き込みご飯は美味しいが、炊き上がるまで上手くできているかわからないのでハラハラして精神衛生上よくない。

正月にこんな労働をしなくてもいいように、お節料理はあるのだと実感した。

 

今年、はじめて帰省をしなかった。

私と妻だけの正月を迎えてわかったのだが、正月とは、正月らしくしないとやってこないのだ。

お節も雑煮も門松も、自然発生するわけではない。