蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

泥水をかぶって生きろ

京では午前中に雨が降った。

お昼ご飯を食べに会社を出た15時頃はもう止んでいたけど、アスファルトはしっとりと濡れて、春のにおいを漂わせていた。

私の日課は食後のお散歩だ。

昼食の牛丼などをほとんど噛まずにドカ食いして呑み込むと、あとは40分ほど時間をかけて会社一帯を散歩する。隣駅や観光名所に行ってみたりもする。

散歩することで午前と午後の頭が切り替わるし、無心に歩くことで思考が整理されて、午後の仕事も眠気まなこを擦って、捗らない。

それなりに歩くので疲労するのだ。

疲労はともかく、ほどよいリラックスになる。

 

今日も今日とて、雨上がりの街を歩いていた。

桜の蕾がかなり膨らんでいて、今にも破裂して咲き誇りそうである。ジッとしているはずの樹木が、震えるように生命力を昂らせている。

ああ、いいな。たしかに生きてるんだな、尊いな、と遠い目をしたその時、傍を走行したワゴンRが水たまりにつっこみ、しぶきをあげ、泥水が私の外套へしたたかに飛びかかってきた。

冷たい。泥水。

咄嗟に、走り去っていくワゴンRに中指を立てた。

意外だった。

私はこういうとき、怒りに任せて中指を立てたりするのか。

クルマは颯爽と走り去り、水たまりの傍らに立ちすくむ私だけが残された。

幸い、そんなにひどい泥水ではなかったし、シミにもならずに済んだが、いやはや、心に受けたダメージたるや。

あるいはこのとき私が春に思いを馳せて風雅な気分になっていなければ、話は別だったかもしれない。人類を憎み、子どもを売りさばくことを考えている猖獗(しょうけつ)な輩であれば、泥水を被るくらいなんてことなかっただろう。

一体、私はあらゆる水のなかでも、汚水というものがいちばん嫌いなのだ。

あの水たまりにはおっさんの吐き出した血痰が溶けているかもしれない。なんらかの、おぞましい菌がいるに違いない。少なくとも、1年に2回しかお湯を交換していない大浴場並みには汚いだろう。

帰ったら洗濯しなければ。

 

それにしても、こういう水を被ることなんて、マンガの中のことだけだと思っていた。